冷遇令嬢、最恐軍医に嫁ぎました~大正深愛綴り~


 紫乃は母が亡くなってからの、地獄のような日々を思い出す。
 朝から晩までこき使われ、まるで使用人のように命令されて、言い返すと暴力を振られた。
 食事はまともに与えてもらえず、空腹を訴えても「贅沢を言うな」と叱られた。
 次第に目が霞み始め、見えなくなっていったのだった。

 そういえば、勇心の医学書に書いてあった。
【栄養不良ニ起因スル視覚障害ニ就テ】
 栄養素ノ欠乏ハ、視神経ノ機能ニ著シク影響ヲ及ボスコトアリ。殊ニ、ビタミンB群ノ不足ハ、視神経炎ヲ誘発シ、視力ノ低下ヲ招クモノトス。
 ※訳:栄養不良に起因する視覚障害について
 栄養素の欠乏は、視神経の機能に著しく影響を及ぼすことがある。
 特にビタミンB群の不足は、視神経炎を誘発し、視力の低下を招くものである。

(お医者様に診せてもらえなかったのは、栄養失調だと気づかれるのを恐れたから……?)

 胸の奥に、冷たいものが広がる。
 けれど同時に、勇心の密やかな配慮が、心を温めてくれた。

(あの方は……ずっと、私のことを心配してくださっていたのね)

 その日、紫乃は勇心の部屋を心を込めて掃除した。いつ帰ってきてもいいように、整えておきたかったのだ。

 書棚の本を丁寧にはたきで払っていると、古びた医学書の中にひと際新しい背表紙が、紫乃の目を引いた。
 手に取ると、そこには【軍医日記】と、几帳面な筆致で記されていた。

(……日記?)