その日の夕刻。
紫乃は朝の言葉を胸に、夕餉の支度を整えていた。
ビフテキ用の牛肉の筋を丁寧に切り、香味野菜とともに漬け込んでおく。
「お肉は何時頃に焼きますか?」
白米が炊き上がり、手の空いたノブが、紫乃に尋ねた。
「焼きたてが一番美味しいから、……勇心様がお帰りになってからがいいわ」
はにかむように微笑むと、厨房の女中たちが顔を見合わせ、「もう夏かしら~?」等と顔を手団扇で扇ぎながら口々に言う。
みじん切りにした玉ねぎとニンジンを炒めながら、紫乃はふと手を止めた。
(お口に合うかしら……?)
いつも豪快に食べてくれる夫の姿を思い出し、口元が緩む。
ふかしたかぼちゃの甘い香りが、湯気と共に立ちのぼる。それを混ぜ合わせ、一口大の大きさに整えた。
このところ巷では“コロッケ”なる洋食が流行しており、篁家の厨房でも幾度となく作られてきた。
けれど紫乃は、そろそろ新味に乏しくなってきたように感じ、今日は趣向を凝らして“かぼちゃコロッケ”に挑んでいた。
すまし汁の香りが台所に広がり、漬物石の下では、昨夜仕込んだ胡瓜が静かに味を深めている。鯛の南蛮漬けを盛りつけた紫乃は、口元を軽く引き結ぶ。
(この南蛮漬け、クララさんに教えていただいたのよね……。勇心様、気に入ってくださるかしら……?)
勇心の仲のいい西洋医師のカール・ヴァイスとその夫人のクララを少し前に紹介され、すっかり意気投合した紫乃は、クララから西洋料理を教わったのだ。



