朝の光が差し込む玄関先。軍帽を整えた勇心が、出立の支度を終えて立っている。
「今日は、イチキュウマルマルだ」
「十九時ですね。美味しいものをこしらえておきます」
紫乃は優しい笑みを向けながら、鞄を勇心に手渡す。
軍人用語にもすっかり慣れた紫乃は、若奥様の風格が備わってきた。
「では、行ってくる」
軍帽のつばをつまんだ勇心は、少し名残惜しそうに踵を返した。その時、紫乃は勇心の上着の裾を咄嗟に掴んでいた。
「……ん? どうした」
「あの……その……、健康点検は……されないのですか?」
「……っ!」
紫乃の言葉を汲み取った勇心は、彼女の背後にいるタミを目で制した。
「紫乃様。私、酒の在庫確認の途中でしたので、お先に戻りますね~」
「え、あっ……はい」
気を利かせたタミは、含み笑いを浮かべながら、厨房へと戻っていった。
無意識に夫を引き留めてしまった紫乃は、タミの表情を見て、とんでもないことを口走ってしまったと思った。
「も、申し訳ありませんっ」
「気にせずともよい。気を遣うのが、あの者らの仕事だ」
「……そうかもしれませんが……」



