朝の風が、洗い立ての白布をふわりと揺らした。
炊事場からは、朝餉の片付けを終えた女中たちの笑い声がかすかに届く。
紫乃は庭先で洗濯物を干していたが、ふと背後に気配を感じて振り返ると、縁側に立つ勇心がじっとこちらを見ていた。
「せっかくのお休みなんですから、ゆっくり過ごして下さいね」
紫乃がそう声をかけると、勇心は小さく頷いた。紫乃が洗濯籠へと手を伸ばした、その時。突然、視界を黒いものが覆った。
「動くな」
「ッ?! ……はい?」
勇心の低い声音が耳に届いたと同時に、紫乃の両肩が掴まれた。大柄な体が、まるで何かから隠れるように縮こまっている。
(え……?)
紫乃が不思議に思いながら夫の視線の先を追うと、どこからともなく現れた子猫が一匹。ふわふわの毛並みを揺らしながら、二人の元へと近づいてくる。
「……もしかして、猫が苦手なのですか?」
「あ、いや……猫がというより、あの手のものは全て……」
「え?!」
(もしかして、小動物が苦手ってこと? ふふっ、大きな体なのに、小さいものが苦手だなんて……)
紫乃はしゃがみ込み、チッチッと舌を鳴らして子猫を呼んだ。今朝、魚を捌いたせいか、子猫はすぐに紫乃の手に縋りついてくる。
「触ってみます? 可愛いですよ」
紫乃が子猫を抱き上げ、得意げに笑う。勇心は顔を強張らせながら、一歩後退った。
「可愛いのは、紫乃さんだけで十分間に合ってる」
「……っ!」
紫乃の白磁のような頬に、ぽつりと紅が咲いた。
(小動物が苦手って……、では、赤ちゃんが生まれたらどうなるのかしら……?)
何気なく想像した未来に、紫乃の頬はますます火照っていった。



