夕暮れ時。篁家に戻った紫乃は、病院へ行った帰りに買った肉でカツレツをつくっていると、突如けたたましく電話が鳴った。
電話を受けたタミが、眉根を寄せながら紫乃の元へやってきた。
「紫乃様、若旦那様からの言伝で、今夜は病院に泊まるとのことです」
「……そうですか」
紫乃は嘆息し、病院での出来事を思い出していた。
(やはり、あの患者の容体が思わしくないのかしら……)
慌ただしく診察室へと駆けて行った夫の顔が脳裏に浮かび、紫乃はそっと胸に手を当てた。
(……何か、私にできることはないかしら)
*
翌朝。いつものように、早くに目を覚ました紫乃は、厨房へと足を運んだ。女中たちは忙しそうに朝食の準備を始めている。
「ノブさん、台所の隅をお借りしてもいいかしら?」
「はい、それは構いませんが……」
「勇心様に、お弁当を届けようと思うの」
「まあ! それはとてもよい案にございますよ! 若旦那様もきっとお喜びになられます」
「だといいのだけれど……」
紫乃は自分用に用意されている割烹着に袖を通し、手洗いする。
「紫乃様、若旦那様の着替えも、お持ちになりますか?」
「そうね、それがいいわ」
厨房に顔を出したタミが声をかけてきた。紫乃は頷き、笑顔を向ける。
前夜につくったカツレツをソースに浸し、軽く煮詰める。それを一口大に切り分け、おにぎりの具材にした。忙しい夫を気遣い、手軽に食せるものの方がいいと思ったのだ。
他にも油味噌炒めの茄子や焼き鱈子など、冷えても美味しい具材を選び、腹持ちのいいおにぎりをつくり上げた。
(食べてくださるかしら……)
一日ぶりに会える――ただそれだけのことが、こんなにも心を弾ませるなんて。
紫乃は自分の胸の内に芽生えた小さな期待を、そっと抱きしめるように、お弁当包みを整えた。



