冷遇令嬢、最恐軍医に嫁ぎました~大正深愛綴り~


 白皿におにぎりを三つ並べ、布巾をかける。
 タミがそれを見て、心配そうに顔色を窺う。

「紫乃様、私がお持ちいたしましょうか? 夜の廊下は暗うございますし……」
「ありがとう。でも、平気よ。……私が届けたいの」

 紫乃の声は、どこか芯のある響きを帯びていた。

「では、私は後片付けをしておきますね」
「お願いします」

 紫乃は右手で皿を持ち、左手を伸ばし、壁伝いに書斎へと向かった。

 書斎の前に辿り着いた紫乃はノックをしようと息を整える。
 すると、中から低くくぐもった声が漏れてきた。

「……素早く開腹して、肝臓を切除し……」
「ッ……?!」

 紫乃の肩がびくんと跳ねた。
 手にしていたお皿が傾き、布巾とおにぎり一つが廊下に転がり落ちる。

(……黄泉の手)

 紫乃はきつく目を閉じる。けれど、瞼の裏に思い浮かんだのは、この家に嫁いできた日からの出来事だった。
 日当たりのよい部屋、さりげない優しさ。生家では決して得られなかった、穏やかであたたかな日々。
 何より、目が不自由な紫乃を受け入れてくれた人。

(腹切りの黄泉の手と言われていても、患者を救うために切らざるを得ないのよ……きっと。私はもう、勇心様の妻なのだから。どんなお方であろうとも、添い遂げる覚悟で嫁いできたのよ……)