冷遇令嬢、最恐軍医に嫁ぎました~大正深愛綴り~


 十六時を過ぎた頃、不意に漂ってきた香ばしい香りが、洗濯物を畳み終えた紫乃の鼻腔を掠めた。廊下の奥から、炒め油の匂いがふわりと流れてくる。

(今日のお夕食は何かしら……?)

 吸い寄せられるように、紫乃は厨房の戸口に立っていた。中では、数人の女中たちが夕餉の支度に追われている。

「紫乃様……! どうなさったのですか?」

 驚いたように声を上げたのは、炊事係の女中頭・ノブだった。
 紫乃は少し戸惑いながらも、静かに口を開いた。

「……あの、少しだけ、味見をさせていただけませんか?」

 女中たちは顔を見合わせたが、紫乃の真剣な眼差しに、ノブは小皿に少量の味噌汁をよそる。

 紫乃は小皿手に取り、ゆっくりと口元へ運ぶ。香りを楽しんだのち、一口含んだ瞬間、ふわりと目元が緩んだ。

「……昆布と干し椎茸の合わせ出汁ですね。そこに、あごの削り節がほんの少し。お味噌は……白味噌と赤味噌がを半々。けれど、あとほんの少しだけ、甘みが欲しいかもしれません。……白ねぎはありますか?」
「白ねぎですか? ありますけど……」