冷遇令嬢、最恐軍医に嫁ぎました~大正深愛綴り~


 婚儀から一夜が明け、朝靄がまだ庭を包んでいる頃。いつもの習慣で朝早くに目が覚めてしまった紫乃は、静かに自室を後にした。
 屋敷の空気はひんやりとしていて、白木の廊下を歩くたび、足音がわずかに響く。
 紫乃は庭の掃き掃除をしようと、裏庭へと出た。

「んっ……んっ……」

 どこからともなく規則正しいくぐもった息遣いと、風を裂くような鋭い音が聞こえてきた。
 紫乃は耳を澄まし、音のする方へとゆっくりと近づく。屋敷の裏手にある庭の一角で、朝日に照らされた人物は、一心不乱に素振りをしていた。

(……勇心様? もしかして、朝稽古をなさっているの……?)

 その人物の上半身が肌色だと気づいた瞬間、紫乃の足がぴたりと止まった。その時、紫乃は小枝を踏んでしまい、枯れ枝が折れた音が辺りに響いた。

「誰だ!」
 
 凄みのある低い声音に紫乃は驚き、思わず後退あとずさってしまった。

  木が折れた音のする方に視線を向けた勇心は、自分の声に驚いた紫乃がよろめいているのを視界に捉え、瞬時に体が動いていた。

「あっ……!」

(足がもつれ、後方に転倒した体は軽い衝撃を受けたのに、体のどこにも痛みがない……?)
(……間に合った)

 地面に倒れる寸前の紫乃を抱き留めた勇心。華奢な体が腕の中にすっぽりと収まっている。

「怪我はないか?」
「……はい」
「驚かせて、すまなかった」

 勇心は縮こまっている紫乃に、優しい声音で声をかけた。