冷遇令嬢、最恐軍医に嫁ぎました~大正深愛綴り~


 低く冷たい声が、紫乃の耳に届いた。ぎゅっと掴んでいる手が解かれ、勇心の気配がすっと遠のいた。
 ぼやける視界が、涙で滲んでいく。

(完全に……嫌われてしまったわ……)

 扉が鈍く、閉まる音がした。室内に再び静けさが訪れる。
 紫乃の体に、勇心のぬくもりだけがかすかに残った。

(なんてことをしてしまったのかしら……私には、帰る場所などないのに……)

 嗚咽が漏れそうになるのを、紫乃は必死に堪えた。声を殺し、零れる涙を拭いながら、心の中で自分に言い聞かせる。

(……大丈夫。『触れるな』とは、言われていない。今夜のことはきちんと謝って、関係を修復しなければ……)

 その頃。自室へと向かっていた勇心はふと足を止め、振り返る。
 紫乃の部屋からは何の音も聞こえない。
 数拍おいた後、勇心は再び歩を進めた。