勇心は、初めての感情に戸惑っていた。
戦場でも動じなかった男が、今、目の前の少女にどう言葉を返せばいいのか、まるでわからない。
これまでも縁談の話が持ち上がったことはあるが、『黄泉の手』と恐れられている勇心に嫁ぎたがる令嬢はいなかった。
初めて、承諾してくれたのが紫乃だったのだ。
紫乃は、勇心の沈黙に気づき、不安が胸を掠めた。
(やはり上官に言われて、仕方なくこの縁談を承諾なさったのね……。そうよね、私みたいな者を嫁にしたいなどと、思うはずがないもの……)
目が不自由なことも承諾のうえだと父から聞いているが、年が十歳も離れているため、子供だと思われたのかもしれない。
しかも、毎日使用人のように雑用をしていたため、もう何年も社交の場に出ていない。
生母がまだ生きていた頃は、屋敷で開かれた演奏会や慈善バザーなどに参加していたが、それももう六年も前のこと。
(きっと、令嬢としての華もないし、みすぼらしい娘だと思われたに違いない)
微動だにせず、ひと言も発しない。勇心の無言は、紫乃には“拒絶”に思えた。
やがて、神官の声が響き、婚儀は粛々と進められた。
紫乃には、勇心の姿はぼんやりとしか見えない。だが、その影の大きさと隣に立つ気配だけは、はっきりと感じられた。
胸の奥に不安の影が重く沈んでいった。



