冷遇令嬢、最恐軍医に嫁ぎました~大正深愛綴り~


 弥生の風は、冬の名残をわずかに抱きながらも、どこか優しいあたたかさ帯びていた。
 午後の陽射しは斜めに差し込み、縁側の障子に淡い金色の影を落としている。

 紫乃(しの)は廊下に這いつくばるようにして、床を水拭きしていた。朝から水仕事ばかりしているせいで、指先はすっかりふやけている。

「紫乃様、奥様がお呼びです」
「……わかりました」

 女中の声に、紫乃は小さく頷いた。
 呼ばれるのは、いつものこと。また面倒ごとを命じられるのだろうと、心の中でそっと身構える。

 居間に入ると、継母(洋子(ようこ))と腹違いの妹(蘭子(らんこ))が紫乃を待っていた。
 そして、継母の口から、岩永(いわなが)家に縁談話が来ていることを知らされる。

「代々軍医として名のある(たかむら)家からの縁談よ」
「……縁談、ですか?」

 継母の言葉に、紫乃は静かに問い返した。いつもなら、不機嫌そうに言う継母が、今日に限っては声音が弾んでいる。
 居間の障子越しの光は白く滲み、継母と腹違いの妹・蘭子の輪郭は、紫乃には曖昧だ。ただ、二人の嘲笑うような声色は、はっきりと耳に刺さった。