きみが春なら

「なぁ」
到着した門の影。イーヴァンが去り際にぽつりと言った。

「返してくれって……言っても無駄なのか?」

震える肩を見て、言葉に詰まる。

「俺は。ロシアで確かに犯罪者だった」

彼は乱暴に目元を拭う。

「地位も名誉もあったもんじゃない。金だって、たくさんは無いし。良い奴でもないけど」
「でも。それでも」
「彼女を幸せにする事は……たぶん、出来た」
「出来たんだ。」

涙混じりの切々とした訴えが心に突き刺さる。

「ハルが……こんな目に遭うなら。俺があのまま殺されたかった」

生きているハルに会うのは最後かもしれない、と。
彼女の姿を見た時、イーヴァンも当然思っただろう。
何て声をかけたんだろう。どんな思いで部屋を後にしたんだろう。
自分のした事の残酷さに、その時初めて気が付いた。

「悪かった」

泣く資格なんてないのに。気付けば俺の瞳まで濡れていた。
「酷な事を……頼んだな」
返事は無かった。

「あんたのおかげで顔が見られた。── 感謝するよ」 

再び涙を拭い、イーヴァンは歩き出す。


遠くなる背中を見つめながら。
何が正しいかなんて、もうわからなかった。