きみが春なら

目の前にいるのは
もう、俺の隣で笑っていた君じゃなかった。

彼女の気力が。体力が。
── 命が。
風前の灯火である事は誰の目にも明らかだった。

「なんで……」

白い頬に涙が落ちる。大好きだった黒髪はぱさぱさに乾いている。
この腕の中に確かにいるのに。
悲しくて虚しくて、仕方ない。


「何だよ、これ……」


何で。何で。何で?

何故、俺たちは
離れなきゃいけなかったんだ。

どこで間違ったんだ。
誰を恨めばいいんだ。

彼女が、籠の中の鳥だというのなら
完全に翼をもがれていた。

『ハル様が君の元へ戻ってくる事は、二度とない。』
『どこか遠い国で幸せに暮らすって。私と約束して?』

やっぱり出来ない。
出来るはずない。
置いていけるはず、ないだろ。


「愛してる」


耳元で囁いた。


「離れてても……ずっと」


その時。
ほんの僅かに、彼女の両目が開いた。


「っ、ハル……?」


瞳には光が無い。
きっと何も映っていない。
それでも。君は確かに俺を見ていた。


慌てて辺りを見回すと、ベッドサイドのテーブルに小瓶が置かれているのが目に入った。
薬品名が書かれたラベルが貼ってある。

迷いはなかった。
開けて口に含む。

「……」

見えてなくたっていい。

腕の中の君に微笑みかけ、
そのまま唇を重ねた。


── ゆっくり閉じられていく君の瞳から
一筋、涙が流れた。