きみが春なら

その夜だけ。たまたま少し早く店を閉めていた。
まだ月が空にあるうちに帰宅できるなんて本当に久しぶりだ。

鍵を扉に差し込もうとすると、真後ろで何かが動く。その気配には覚えがあった。

「また来たのか」

ため息を吐きつつ振り返ると、案の定スーツ姿のマナトが立っている。
仕事着のままくだを巻きにきたのかと思ったが、酒は手にしていないようだ。
「今日は何の……」
「イーヴァン」
もう一度振り返る。

「城に来てくれないか」
「……え?」

意図を掴めず聞き返す。
月明かりの下。マナトの表情は真剣だ。

「ハルが……異国の風邪をこじらせて。丸三日、意識がない」


── かしゃん、と音がした。
握っていたはずの鍵が視界の端に映った。