きみが春なら

「イーヴァン」
閉店後、店内の清掃をしているとケビーが声をかけてきた。カウンターの向こうに見えるのは思い詰めたような表情だ。

「俺は、君と友達だと思ってる。雇用主と従業員って関係以上のものだと勝手に思ってる」

突然何の話かと思ったが茶化せるような雰囲気でもない。
だから敢えて言わせてもらう、と彼は続けた。

「── 自分の将来を。ここらで真剣に考えた方がいい」

静かすぎて。心臓の音すら鼓膜に届きそうな気がした。

「さっきの客が言ってた通り、ここは王族崇拝の国だ。何か動きがある度、必ず国民にお披露目される。結婚とか誕生日だけじゃない。子どもが産まれたりした時も、国をあげて盛大にお祝いするんだ」
「……」
「ハル様が王子の子を産んだ時。君は耐えられるか?まともでいられるか?しかも、それはおそらくそんなに遠い未来じゃない。近々絶対にやってくる」
だから、と言ったきりケビーは言葉を切ったが、続く言葉は明白だ。

「出て行くべきだって言いたいのか」
「……そうだ。本当の絶望を知る前に」

ケビーの言う事は全く正論だった。耳を塞ぎたくなるほどその通りだ。

「君の気持ちはわかる。気の毒だ。本当に気の毒だよ。でも毎日一緒に働いてて、どんどんやつれていく君をこのままずっと見てるのは辛い」
「気……遣わせてるもんな」
「それが面倒だとか言ってるんじゃない。ゆっくり考えろって言ったのは俺だし、本心ではいつまでも働いて欲しい。でも、友達として苦しいんだ。逆に縛りつけてるんじゃないかって気もする」

イーヴァン、と。
ケビーはもう一度真剣な声で俺の名を呼んだ。

「いいか。ハル様が君の元へ戻ってくる事は、二度とない」
「っ、」
「王子のやり方は卑劣極まりない。でも君は君で、これからも生きていかなきゃならない。彼女に助けられた命なんだろ?」

現実という刃が体に刺さる。

自分でも考えていたつもりだったが、いざ他人の口から聞くとそのショックは凄まじい。立っているので精一杯だ。

「遠からず国を出るべきだ。それが君の為で……相当の覚悟で嫁いだ彼女の為でもあると思う」