きみが春なら

イーヴァンはばっ、と音がしそうな勢いで顔を上げた。
「ハルに何かあったのか」
「あったといえばあったが。自然といえば自然だ」
大して美味くもないウイスキーを、酔う為だけに呑み続けた。
さっき見た、ハルの首の痣。彼女が王子のものだ、という証が頭にこびりつき離れてくれない。

……そう。
結婚したからには自然な事であり、王子の子を産むのは妃である彼女の義務だ。そしてそれを見守るのは俺の仕事。

たったこれだけの、シンプルな事実が
どうしてこんなにやるせないんだろう。


「わかるように話せ。ハルは無事なんだな?」
「まぁな」
呆れたようなため息を吐いたイーヴァンはベッドへ倒れ込む。
テーブルの隅にぽつんと置かれているシルバーの指輪が、ふと目に入った。

「結婚するつもりだったのか」

舌打ちが聞こえる。ベッドの上はちょうど死角になっており姿は見えない。

「そうだよ。手続きに行こうって、話してた矢先だった」

苛立った口調でイーヴァンが言う。俺は黙ったまま、また酒を口に運んだ。

キッチンの壁には調理道具が綺麗に掛けてある。
水彩画みたいな淡い色づかいのポストカードが冷蔵庫に一枚だけ貼られている。
そして、この指輪。

この部屋には彼女が暮らしていた痕跡が、今も確かに残ってる。

『好きな人と一緒にいられるって。当たり前じゃないから』

彼女は、いつも
全てを諦めた目をしてる。