きみが春なら

今夜は何故か客入りが良く、休憩に入る暇も無かった。
でも忙しい日の方が好きだった。仕事以外の事を考えずに済むからだ。
家の前で鍵を出そうとポケットに手を突っ込んだ時。ざ、と真横で人が動く気配がした。

「っ、」

そちらに注意を向けた瞬間、何かが飛んできた。
咄嗟に手を出し顔の前で受け取る。思いがけない重量に驚いた。
── 缶に入ったウイスキーだ。

「え」

近付いてきた男は、片手に同じ酒を持っていた。もう既に呑んでいるようだ。

「……何の用だ」

睨みつけながら言う。
この男から飲み物を貰うのは二度目だった。一度目は牢で水を与えられた時だ。

「別に。用なんて無い」
「は?」
「呑まずにやってられないだけだ」

黒髪の男はまた目の前で酒をあおる。
無視して家の鍵を開けると、そいつまで入ろうとしてきた。

「おい」
振り向いて咎める。
「何だ。手土産ならやっただろ」
「要るか。今からこんな強い酒」
「じゃ、二缶とも俺が呑む」

俺の脇をすり抜け部屋に上がり、勝手にソファに座ってまたウイスキーを喉に流し込んでいる。

「……何なんだ」

全く意味がわからない。頭も体も疲れきっていて、考えるのも面倒くさかった。

「もうすぐ夜明けだぞ。王子は酒くさい側近を許すのか」
「夜勤だったんだ。ついさっき交代したばかりだよ」

着替えを終えるも、ソファは陣取られていてベッドしか座るところが無かった。

「そろそろ教えろよ。何しに来た」

先日と同じくハルの作った物を届けにきたのかと思ったが、どうもそうではなさそうだ。
二缶目を手に持ったまま男は動きを止めた。

「……話がしたくなっただけだ。彼女を知ってる人間と」