きみが春なら

「……」
顔を背け涙を拭い続ける彼女に歩み寄り、手をとった。

ハルは俺の胸にしがみつき、声を上げて泣きじゃくる。
目線だけ動かしうなじを見ると、そこにも強く吸われた痕がくっきり残っていた。

夜中にこんな格好で飛び出してきた事情を察し。思わず噛みしめた奥歯からぎり、と嫌な音がした。

「ごめんなさい。困るよね」
ハルが体を離そうと一歩後ずさった。
「ロレンツォ様の前では……我慢できたのに」

無理に笑おうとする君を、胸に引き戻す。

「……何でも言えって。言ったのは俺だよ」

抱きしめたまま、一緒にその場に座りこんだ。

「こんな暗い所で。一人で泣かないでくれ」

つい腕に力がこもる。気持ちを抑えるのは無理だった。
ストールはいつの間にか肩から滑り落ちていて。
薄いネグリジェ一枚越しに伝わる体の柔らかさに、気が狂いそうだ。

「ゆっくりでいい。……何を思ってる?」

傷ついてボロボロの彼女の目に。
世界で一番優しく映らなきゃいけないと思った。

「わ、たし。私ね」

俺の背にまわる腕。ますます密着する体。どんな言葉も聞き逃したくなくて耳をそばだてる。

「覚悟なんて……全然出来てなかった」
「……」
「王子様と結婚するってどういう事か。全然わかってなかった」

結婚式の日。馬車の中から、ハルは外を見ていた。
ずっとずっと外を見ていた。

「今更戻れないのに。マナトも皆も、すごく優しいのに。こ……」
途中で言葉が止まる。

「言っていい。それも、全部」

背中をさすって続きを待った。

「こ……わい。こわいの」

か細い声で呟いて。君はまた泣き出した。


「……当然だよ。当然だ」

初めて本音で話してくれている気がした。
くしゃ、と髪に指を絡める。
こんなにくっついてるのに涙も止めてやれないなんて、自分でも嫌気がさすほど役立たずだ。

「ハルは。何にも悪くない」

だって君は
普通の女の子なんだ。

君が君らしくいられた日常からかけ離れた、こんな所まで。

攫ってきたのは

── 俺達だ。