きみが春なら

◇ ◇ ◇ ◇

彼女を次に見かけたのは一週間後だった。

出国許可証の不正受給の依頼があり、全ての手続きを終えた帰り道。通りがやけに賑わっていると思ったら、見覚えのある白いワゴンが停まっていた。

道理でさっきからホットドッグを手に持った奴とすれ違う訳だ。遠くから見てみるも、ハルは店頭には出ていないようだった。

辺りを見渡すと、反対側の通りに設置された花壇の縁に座って何か口に運ぶ彼女がいた。
店の制服を着ている。遅い昼休憩なのだろうか。

前回見せた醜態を思い返すと声をかけるのを何となく躊躇してしまう。少し離れた場所で二の足を踏んでいる間に、

「ん?」

花束を抱えた若い男が一人、彼女の元へ走り寄った。

男はハルに何やら声をかけ、彼女の胸に無理矢理それを押しつけて再び走って去っていく。

「……な、んだ今の」
ハルは花束を見つめたまま固まっていた。

『彼女の時間には、いつも行列だそうだぞ?』

ダニーの言葉はどうやら真実であるらしい。
ため息を吐いて歩き出す。

「随分繁盛してるんだな?君の店」

どかっと隣に腰かける。横に置かれた花束が目に入らぬよう、わざわざ逆側に座った。

「……なに怒ってるの?」
「別に?何も」
「うそ。怒ってる」
「だから怒ってな……むぐ、」

彼女の方を向いた瞬間、口に何か詰め込まれた。
「新作よ。美味しい?」
頷くしかない。そもそも口がパンで一杯で喋れない。

「良かった。メニューに追加してもらえないか頼んでみる」

笑顔でそう言った彼女は、一口分減った棒状のサンドイッチを自分も齧る。

「もう一本作ってきたから、あなたにあげる。試食してくれたお礼に」
「……いや。こっちでいい」

鞄を開ける彼女の左手から、すっと取る。

「え?食べかけよ」
「いいんだ。」

不思議そうな視線を無視し、残り半分くらいになったパンを口に入れた。

「……変な人。」
 

彼女はいつも、凪いだ海のように穏やかで
でも芯はとても強くて。
ハルの纏う、ふんわり柔らかな空気は
いつしか俺にとって心地の良いものになっていた。

「あっ」
「ん?」
「雪。」

空を見上げると、曇った空からちらちらと粉雪が落ちてくる。

「本当だ。初雪だな」
「綺麗。一緒に見られて良かった」

……あぁ、また。
そんな風に言うからいちいち調子が狂うんだよ。

「無意識なんだろ。どうせ」
「なに?」
「何でもない」

わざと、ぶっきらぼうにそう言った。


── この日。
彼女に声をかけた事を、後に死ぬほど後悔する。

詐欺師として緩みきっていた俺は、影から見られている事にも気付けなかった。