きみが春なら

「マナト」
数時間後。名を呼ばれ振り返ると、ハルが駆け寄ってきた。

「あのね。やっぱりお願いしてもいい?」

すぐにピンときた。彼女の手には白い紙袋がある。

「住所は?」
「書いたわ。これ」

メモを受け取ろうと手を差し出すと、
「あの、でも。でもね」
なぜかハルは目を泳がせた。

「もう住んでいないかも……しれなくて」
「え?」
「すぐに国を出てって。言ったのは私なんだけど」

紙袋を持つ手が小さく震えている。

「いるか、いないか……知りたい訳じゃないの。教えて欲しい訳じゃなくて」
「……」
「本当は、こんな事しない方がいいって。わかってるんだけど」

一生懸命言葉を繋ぐ彼女は、泣き出しそうな顔をしていた。
自分の想いと立場の間でぐらぐら揺れているんだろう。

「上手に言えなくてごめんなさい。よくわからないよね」

彼女が誰にアップルパイを届けたいと言っているのか。
最初からわかりきっていた。

「伝わるよ。大丈夫」

所在を知りたくないのは
きっと、ここにいる自分自身を守る為なんだろう。

「ただ引っかけてくればいいか?ドアのところに」

ようやく受け取ったメモは、握りしめられ皺が寄っていた。
「今日は夜勤務だから。明け方になるけど」
「ちょうどいいわ。いつもそのくらいに帰る人なの」
「わかった」

「……ありがとう。」

彼女は力の抜けた顔で笑った。