きみが春なら

宴は滞りなく進んでいた。
特別懇意にしている国々から要人を招き、ロレンツォ王子の結婚を祝うパーティーだ。

「デザートは何かな?」
コース料理を順番に出している最中にそう声をかけてきたのは、スイーツに目がない事で有名な、ある国の国王だった。
「レモンパイをご用意させて頂く予定でおります」
「ほう。楽しみだ」
かしこまって答えると、彼は白い髭を揺らし笑った。

一段高いところに国王夫妻とロレンツォ王子夫妻が並んで座っている。
上等な布で仕立てられたブルーのドレスに身を包んだハル様はやや緊張した面持ちで、それでもにこやかに客人の相手をしていた。
準備で連日眠る暇も無いほど忙しかった俺は、会場の隅で束の間ぼんやりしてしまう。

「マナトさん」

キッチン担当の者が深刻な顔で声をかけてきたのは、その時だった。

「パティシエが、まだ来てないんです」
「なに?」

意識が現実に引き戻り、冷や汗が吹き出す。もう料理を出し始めているというのに、よりによってスイーツを任せていたシェフの行方が知れずキッチン内が大慌てであるらしい。
何とかしたいが結局は到着を待つ事しか出来ず、時間ばかりが過ぎてゆく。

「何だ。騒々しい」

気付いたロレンツォ王子が、俺に小声で問う。王子とハル様の間に屈み込んだ。
「デザートを担当する者が、まだ到着しておりません」
「なんだと」
「申し訳ありません。連絡もとれず」
「代わりに作れる者はいないのか」
王子が数人並んだキッチン担当を眺め回すも、皆泣きそうな顔で首を振る。

「貴様ら……それでもプロか」
「── 材料はありますか?」

その時。ハル様が突然口を開いた。
「は、はい。生地も昨日から寝かせてあるのですが。レシピが無くて」
コックの一人がそう返答する。

「私、作れるわ。レモンパイなら」
「、え?」

その場の空気が一変し、視線が彼女に集まった。
「本当ですか!?」
「あ……でも。何も特別なものではなくて。自分の頭に入ってるレシピでしか作れないけれど。材料が揃ってるなら、とりあえずお出しする事は出来ると思います」
キッチン担当が揃って顔を見合わせる。

「い……今、この場でですか」
「今、この場で。作れるわ」

俺の問いに彼女が答えた。皆の胸に微かに希望が戻る。
「でも。お妃様にそんな事をして頂く訳には」
「緊急事態だもの。どうしてもレモンパイが必要なんでしょう?」
今度は、ロレンツォ王子に視線が集まった。
王子はハル様としばらく見つめ合う。そして、来賓の方々が余興に夢中になっているのを確認すると
「……許可しよう」
そう頷いた。