きみが春なら

その日の夜。
与えられた部屋で一人ぼんやりしていると、ロレンツォ様が入ってきた。

「疲れたか?」
「……少しだけ」
「しばらくは休む暇もないぞ。明日のティアラの引継式が終わったら、親交のある諸外国の要人へ向けた披露宴だ」

呪文のような言葉の羅列に理解が追いつかず、小さく頷く事しか出来ない。
王子様は私の髪を一束指で掬う。

「黒髪というのは白いドレスに映えるな」
「着慣れていないから。上手く歩くのが難しくて」
「大丈夫だ。嫌でも慣れる」
ハル、と呼ばれ顔を上げた。

「あの時、言ったな。覚悟は決まったかと」
「はい」
「俺が求めるのは……俺の子を産む覚悟、だぞ」

速まる鼓動が全身を支配する。

「あるか?今のお前に。」

動揺を悟られないように。
意識して足に力を入れた。

「……あるわ」

にやりと笑った王子様が、私の頬をゆっくり撫でる。
「その言葉。試してみるか?今夜」
言葉とは裏腹に、体はがちがちに強張ってしまう。

「お前はもう、籠の中の鳥だ。ゆっくり可愛がってやる」

結局口づけひとつで解放されて、彼は部屋を出ていった。
からかわれたのだとようやくわかる。再び一人きりになり、静寂の中でへたりこむ。

「……」

唇を噛みしめた。
名前を呼ぶと涙が出てしまうとわかっていたから。