きみが春なら

俺たち三人を乗せた馬車は、田園風景の中をゆっくり進んでいた。

「見えるか?あの辺り、ギリギリまでが我が国の領土だ」

ロレンツォ王子が隣に座るお妃様の肩を抱く。ハル様は、示された方向にぼうっと視線を移す。

無事に結婚式を終え、国民へお披露目の意味を込めたパレードの帰りだった。側近の中で唯一馬車に乗る事を許された俺は、二人の様子を向かいの席から眺めている。

やがて、馬を休憩させる為に馬車が停車すると。
「外の空気を吸ってくる」そう言って王子はさっさと出て行ってしまった。

レースがふんだんにあしらわれた豪華なウエディングドレスに身を包んだハル様は、相変わらず無表情で窓の外ばかり見ている。
俺も馬車を降りた方がいいかと思ったが、まさか一人にする訳にもいかない。続く沈黙を気まずく感じ始めた時だった。

「……ハンカチ」

ふっ、と彼女が口を開いた。
初めて目が合った気がする。

「え?」
「お借りしたままですね」

一瞬、何の話かわからなかった。
まだ妃候補の一人でしかなかった時。怪我をした彼女を手当てした事が記憶の彼方から蘇る。

「ごめんなさい。家に置いてきてしまったかも」
「いえ。あんな物は」
「何かの折に……と言っても。もう戻る事なんてきっと無いのね」

静かにそう呟き、また窓の外に視線を戻す。


── 彼女が、どういう経緯で。
何を守る為にこの城にきたか。
王子の最側近である俺は勿論知っていた。

『嘘なんだろ?』

牢の中で聞いたあの男の力無い声が、今も耳から離れない。