きみが春なら

「ま……待て。何を考えてる?」
鉄格子に寄りかかり話を遮った。

「誰かに何か言われたか?ロシア警察が俺を探してるって、それは絶対に嘘だ。二年以上も経ったのに、今更そんな筈は無い。君を王子と結婚させたいが為に誰かが吐いた嘘だ。騙されちゃだめだ、ハル」
からからに乾いた口で一気に捲くしたてた。

「こんなところ、すぐに出てやるよ。そうしたらまた一緒に暮らせる」

ハルは涙がいっぱい溜まった瞳で俺を見つめ、首を振る。

「でも、もう嫌なの!あなたが怪我をしたり、怖い思いをしたり……そんなの耐えられない。絶対嫌なの」
「落ち着け!俺なら大丈夫だよ」

ふっ、と。
君の顔から表情が消えた。

「……そうやって。あなたはいつも言ってくれた。大丈夫って。それだけで本当に安心したの」

静かな目だった。俺越しに、どこか遠くを見ているような。
彼女の考えが読めず、不安で胸がきりきりした。

「あとね。あなたは……私の事を異人だ、って言わなかった。出会った時から一度も。そういう所が好きだった」
「や……やめろ」
「自分の名前も好きになった。優しく呼んでくれる度に、すごく幸せだったから」
「やめてくれ!」

二人きりの牢に、俺の声がこだまする。まだこんな体力が残っていた事に自分で驚いた。

「何でそんな……最後、みたいに……」

わかる。本当はわかる。わかってしまう。
彼女が何をしようとしているか。
どういうつもりでこんな話をしているか。

「あなたが、どこかで生きてるって思ったら。私もちゃんと頑張れる」

だって、ずっと見てきたから。
誰より優しい、君だけを。

「だから。心配しないで」
ハルは涙を拭い、笑った。