きみが春なら

「ロレンツォ王子様」

俺の前に回り込んだハルは、胸に手を当て片膝を付いた。思わず足を止める。

「この度選んで下さった事は……大変光栄です。先日は無礼な態度で失礼致しました」
「ふん」

こんな振る舞いも出来るのか。少々感心して口の端を持ち上げる。

「ですが、」「私は王族に入るような者ではありません」

真っ直ぐに射抜かれるような強い視線。続いた言葉はあまりに予想外のものだった。

「どうか── 辞退させて頂けませんか」
「…………何?」

周囲が一斉にざわついた。店の前に立つ太った女が、ハル!と叫ぶ。

「貴様。俺の顔に泥を塗る気か?」
屈辱と怒りで拳に力が入る。

おそらく前代未聞の反応だろう。
次期王妃の立場が手に入るというのに。こんなちまちました労働の日々から解放されるのが何故嬉しくないのか。

「私は」
多少身が竦んだようだが、それでも訴えてくる。

「私は……半年前に余所から移り住んできたばかりで、この国の常識を持ち合わせておりません。言葉だって覚束ないし」
「構わん。俺も普段はロシア語しか使わない」
「ご覧の通り、混血です。両親は早くに亡くなり、修道院の庇護の下で育ちました。名家のお嬢様方とは生まれも素養も。まるで違うんです」

……何だ。この必死さはどこからくる?
眉を顰め見つめ返した。ただの謙遜だとも思えない。

「もっと、もっと。王子様に相応しい女性が必ずいます」

野次馬たちまで水を打ったように静まりかえり、奴の話を聞いている。

「ですから、どうか……どうか。」
お願いします、と泣きそうになりながら俺に頭を垂れてくる。
薬指の指輪に気付いたのはその時だった。

「── なるほど?」

瞬間、すべてが附に落ちた。愚かすぎて笑いがこみ上げる。
しゃがみ込み、顎を指で持ち上げて無理矢理視線を合わせた。

「もう決まった男がいるのだな?」