「え、惚れ薬!?」
里山女子高校科学部の部長、エミの提案に驚いた。
「そう。文化祭の出し物、『惚れ薬ドラッグストア』はどうかしら?」
「ブチョー、そもそも惚れ薬なんて実在するの? それってただの、おまじないじゃね?」
この部で一番冷静なアキが疑問を投げかける。
「文献によると、江戸時代にイモリを黒焼きにして作ったらしいわ」
「げ! イモリ? 」
そのテのものが苦手な私は思わず声を出してしまった。
「それ、おまじないっていうか、迷信じゃないの?」
副部長のウタが言うことも、もっともだ。
「ウタ、科学部のモットーは何だったかしら?」問うエミ部長。
「えーっと、科学的アプローチで真実を究明する」
「そう。だから、試してみて迷信かどうか、ハッキリさせるのよ」
「でも、どうやって惚れ薬、作るの?」
アキはまだ懐疑的だ。
部長は黒板に図示しながら説明する。
「幸い、わが科学部には、生物班と化学班があります。生物班でイモリを捕獲し、オスとメスを判別・仕分けします。そして、化学班がイモリを黒焼きにし、粉末にして包装してできあがり」
「うわー! なんかエグイ作業だわ。」化学班長のイクミが顔をしかめる。
「でもよ。」エミ部長は悪戯っぽく微笑む。
「惚れ薬、ほんとに効いたらどうする?……毎年、文化祭には里山高校の男子が大挙して押し寄せてくるでしょ?」
里山高校とは、わが女子校と対になっている男子校だ。
私は、里山高校との交流フォークダンス大会でたまたま最後にパートナーとなった、弓道部のサトシ副部長の顔を真っ先に思い浮かべた。口元が緩む。
「えーと」
「そうね」
「ほわー」
「うふん」
「エヘヘ」
私と同様に、部員一同虚空を見つめ、ニヤニヤしながら、なんか妄想している。
「そうね、効いたら儲けもの、やってみようよ」
私は妄想に後押しされ、賛成した。
生物班は、嬉々としてイモリを捕獲した。よくあんなの生きたまま手づかみできるもんだ。
オスメス別々に仕分けられ、大きなプラスチックのケースに収容された大量のイモリが、私が所属する化学班に引き渡された。
それからの作業は凄惨を極めた。
化学班は、串打ち、焼き方、粉砕、包装とアミダくじで有無を言わさず役割を決められ、作業に没頭した。
理科室に漂う、なんとも言えない焦げ臭い……私は無言で乳鉢を回し続けた。あれ以来、誰も両生類の生き物を直視できなくなった部員が多数。
作業を終え、化学班は新鮮な空気を吸おうと外に出た。
「ああ、空が悲しいまでに高く、青い」
「イモリちゃんたちの尊き命はあそこまで登っていってしまったのね」
そんな感傷に耽っていたら。
「あの匂いさあ、なんだかカップ焼きそばのソースの香りに似てない?」
「「「え!」」」
化学班長のイクミから、ドン引きするような発言が飛び出した。
「じゃあさ、惚れ薬の効能っていうよりも、腹ぺこな男子が、ソースの香りに誘われて寄ってくるっていう仮説も成り立つんじゃね?」
アキは冷静だ。
もうちょっとファンタジックな仮説を立てて反論したかったが、何も思いつかなかった。
イモリの黒焼きでできた惚れ薬は、メスの粉末を赤い薬包紙に、オスの分を青い薬包紙に包み、赤と青セットで販売する。文献によると、赤を女性が自分の体に、青を意中の男性にかけると恋愛が成就するという。
文化祭のオープン前、科学部が割り当てられたブースに置かれたテーブルに惚れ薬を並べる。
みんな白衣姿でスタンバった。
「ねえ、なんか薬、少なくない?」とウタ副部長。
部員一同、なぜか手を後ろで組んで顔を上げたり、そっぽ向いたりしている。
「こら、みんな!その手に持っているの、出しなさい。 売り物とは別に一セットずつみんなにあげたでしょ!」
「えへへ、バレたか」
「もう! 売り上げは、自然観察合宿の足しにするんだから」
さすが部長スルドイ。私たちは隠し持っていた惚れ薬をテーブルの上に戻した。
「あれ、まだ足りないわ」
副部長は辺りを見回す。そして、何食わぬ顔で立っている人物を見つけ、近寄った。科学部顧問の先生だ。
「みどり先生、返してください」
「……エミちゃん優しいから、大目に見てくれるよね♥」
「だめです!」
先生は観念して惚れ薬をジャケットのポケットから取り出す。
「えっ、五セットも!」
テーブルに戻された包みの数に、一同驚く。
「ほ、ほら、保険をかけといた方がいいと思って……だって私、来年、三回目の年女なのよ!」
「だめです! 薬に頼る前に自分を磨いてオトナの女の魅力で相手を射止めてください」
科学部長は屈しなかった。
「もういじわる!」
みどり先生はスマホを取り出し、ブツブツ言いながら去っていった。きっとマッチングアプリに頼ろうとしているのだろう。
そんなこんなで文化祭が始まった。部長の言う通り、里山高の男子たちもたくさん来場している。
「きゃー、なにこれ、惚れ薬だって!」
「モノは試し、買ってみようか」
「買ったら即使うわ!」
惚れ薬はあっという間に売り切れた。これなら豪華な宿と食事で自然観察合宿ができそうだ。
私と部員の複数名、双眼鏡を持って屋上に上がる。惚れ薬の効果の観察だ。
校内の空気が心なしか煙っている。
中庭のあちらこちらで女子生徒が自分に黒い粉をかけ、男子にもふりかけているのだ。
「さあ、手分けして観察よ」
私たちは階段を降り、それぞれの現場に向かう。
出店が並ぶ中庭のあちこちで、白いシャツに黒い粉をかけられて困惑している男子たち。みんなイケメンだ。
あ! 誰だ? 弓道副部長のサトシくんも黒い粉だらけだ。私も薬の包みを開け、負けじと参戦する。
そんな騒動もしばらくして収まった。
イモリの粉末をかけられた男子が求愛行動をとるような劇的な変化は見られない。
サトシくんも、文化祭のパンフレットを見ながら校舎の中に入ってしまった。
これは、『惚れ薬の効果なし』と判定せざるを得ない。
この文化祭企画、売上効果は絶大だったけど、それはあくまで副次効果だ。
エミ部長にグチ・文句の一つでも言ってやりたい。
彼女はどこへ行った?
「まあ、シャツに黒い粉がついちゃって、大変ねえ。今綺麗にしてあげますからね」
エチケットブラシを持って男子生徒に声をかけている女子がいた。
惚れ薬をかけられたイケメンが次々と彼女のそばに寄り、列を作った。
その子はブラシでやさしく黒い粉を落とす。
それだけではない。もう片方の手に何やらミストのボトルのようなものも持っていて、男子にシュッと吹きかけている。
「あ、あれ、部長!」
「こらっ、エミ!」
「抜け駆け!」
「ズりぃー!」
エミ部長の裏切り行為、許せん!
私たちが怒りをあらわにしても抗議しても、彼女は涼しい顔でブラシとボトルを上げて見せた。
アキがエミ部長に近づき、クンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
「ちょっと部長! この匂い、こないだ実験で作ったフレグランスじゃないの!」
「テヘ、バレた?」
「確か、原料の香料、無茶苦茶高かったヤツじゃない!?」
ウタ副部長が突っ込む。
部長は変わらず笑みを浮かべたままだ。
「そうよ、だってあの香料、『イランイラン』という植物の上質な精油で、媚薬として有名なものよ」
それは知らなかった。
「そんなもの、部長特権で独り占めしようっていうの?」
私も憤りを隠せなかった。
「人聞きの悪いこと言わないでよ。イモリの惚れ薬の効果が判明した今、私が代表して次の実験のモルモットになってあげてるのよ……科学ってすばらしいわ」
とにかく、エミ部長は、イモリの黒焼きよりも腹黒いことだけは証明された。
おしまい。



