意地悪しないことが尊敬される、社会であってもらいたい。00年度は、意地悪される、人間不信なひとはみっともなく生きる資格ないほど弱虫という考えが、大人に根強くあり、だから自分を責めました

子供が、ひとに、
意地悪をする側にならないこと
いじめる側にまわらないこと、を、尊敬して
誇って下さい



人にいじめる側にならない事は、
誇って下さい
そのことは誇れると私は思っています
意地悪しないことが誇られて尊敬される学校やこの世を
実現できるならとおもう


意地悪しないこと、意地悪される悲しみ辛さをわかることが、
心底,尊敬されて誇られる社会を
つくれれば

意地悪されるこからしたら
おとなにまで
その意地悪されるのみっともないみたくせめられるとさらに
おいつめられてしまい
自身がそんな劣る存在だろうかとせめてしまう


意地悪しないことが素晴らしいと誇られる社会なら