白ねこのココと、あまい森のひみつ

 砂漠の王国を後にして、さらに南へ進んだ。
 地図によれば、このあたりに古代の都市の遺跡があるという。
「何か面白いものが見つかるかもしれない」
レイが言う。
「古代のお菓子レシピとか?」
「そういう話が、砂漠の商人たちの間に伝わっているらしい」
遺跡は、砂漠のはずれにあった。
砂に半分埋もれた石造りの建物が、いくつも連なっている。
「大きい……」
かつて、ここには都市があったのだ。
慎重に遺跡の中を進む。
「ここ、何かある」
レイが一か所で立ち止まった。
石壁に、絵が刻まれている。
人々が集まって何かを食べている絵。笑顔で、楽しそうに。
「これ、お菓子を食べている場面じゃないですか?」
「そうかもしれないな」
絵の周囲に、細かい文字が刻まれていた。
ノエルから学んだ古代文字の知識が、少し役立つ。
「これは……材料の名前と、作り方みたいです」
「レシピか?」
「ええ。砂漠の植物と、果実と……これは蜂蜜の意味かな。それに、あの砂漠にしか育たない特殊な草が入っています」
「作れるか?」
「材料が揃えば、できるかもしれない」
翌日、材料を探して砂漠へ出た。
砂漠の植物は、見かけによらず豊かだった。
サボテンの実、砂漠の蜂蜜、夜露を集める葉、不思議な香りのする草。
材料を全て集めるのに三日かかった。
野営しながら、レイと火を囲む夜。
「ねえ、レイ」
「何だ?」
「この旅、後悔してますか?」
「何でそんなことを聞く」
「騎士を辞めて、各地を転々として、私のついでみたいな旅で……」
「ついでじゃないぞ」
レイが笑う。
「オレは、お前の旅に連れて行ってもらっている。それが本望だ」
「本当に?」
「ああ。俺は長いこと、何のために戦えばいいのかわからなかった。お前と旅をするようになって、初めて、守りたいものができた気がする」
「守りたいもの?」
「お前のお菓子が作り出す、あの笑顔だ。初めて食べた人の、あの表情。オレは、あれを守りたい」
星空を見上げる。
「私も、同じです。あの笑顔が見たくて、続けてきた」
「だから、オレたちは合うんだな」
レイが手を伸ばし、私の手を握る。
温かい。
「これからも、一緒にいますか?」
「当然だろ。聞くな、そんなこと」
「でも、聞きたかったんです」
「一緒にいる。ずっと」
砂漠の夜は、静かで美しかった。
材料が揃い、調理を始める。
古代のレシピ通りに作ると、不思議なことが起きた。
菓子が出来上がっていく過程で、かすかに光を発し始めたのだ。
「これは……」
「魔法か?」
「古代のお菓子魔法……まだ生きてたんです」
完成した菓子は、七色に輝いていた。
「食べてみます」
一口。
「これは……」
不思議な感覚だった。
懐かしい。何かを思い出しそうで、でも思い出せない。
前世の記憶?
いや、もっと遠い、もっと古いもの。
「人の記憶の奥底にある、原始の喜びみたいな……」
「何だそれ」
「上手く説明できないんですが、なんか、すごく根源的な幸せを感じる、というか」
レイも食べてみた。
「……確かに。変な感じだ。でも、温かい」
「この菓子が作られた時代の人たちも、こんな気持ちで食べてたんでしょうか」
「そうかもしれないな」
遺跡の夜、私たちはこの発見を記録した。
古代の菓子レシピ、失われた王国の甘味文化。
「これを研究すれば、お菓子魔法の歴史が、もっとわかるかもしれない」
「ノエルに見せたら、喜ぶだろうな」
「手紙を出しましょう。この記録を送ります」
翌朝、私は再びその古代の菓子を少し作り、二人で食べた。
「昨夜より、味が変わった気がする」
レイが不思議そうに言う。
「そうですね。同じ材料で作ったのに」
「なぜだろう」
「状態が違うから、じゃないでしょうか」
「状態?」
「昨夜は驚いていたから、その気持ちが菓子に混じっていたかもしれない。今朝は落ち着いている。心が違えば、味も変わる。それがお菓子魔法の不思議です」
「なるほど……」
レイは、空を見上げた。
「ココ、オレは剣一筋で生きてきた。心で戦う、なんて考えたことがなかった。でも、お前を見ていると、心の力が一番強いんじゃないかと思えてくる」
「剣も心です。武器を持つ手の後ろには、必ず何かを守ろうとする心がある」
「……そうだな」
「レイさんも、ずっと心で戦ってきたんですよ。それが今も、私を守ってくれている」
彼は少し照れたように、視線を逸らした。
「お前、最近口が上手くなったな」
「旅のおかげです」
砂漠の遺跡で見つけた古代の知恵。
それは、過去と現在を繋ぐ橋のようだった。
お菓子は、時代を超える。
言葉が失われても、文明が滅んでも、甘さへの記憶は残る。
「やっぱり、お菓子って素晴らしいな」
レイが呟く。
「そうでしょう?」
「お前を笑ったりしなくてよかった。お菓子魔法なんてと思ってた時期もあったけど」
「あったんですか、そんな時期が」
「正直にな。でも、今は心から思う。お菓子は、魔法だ」
「ありがとうございます」