「美沙ちゃん」
「七海ちゃん! ごめん、今日もやることがあって」
次の日。
2日続けて七海ちゃんの絶品弁当を泣く泣く諦め、わたしは体育館裏に来ていた。
「ありがとう……美沙さん」
「うん。これも……守り手としての役目、なんでしょ?」
昨日同様、木にもたれかかってわたしを待っていたひかるくん。
わずかに見上げるひかるくんの顔は、昨日と同じように整っている。
声も、真剣そのもの。
でも、立ち姿はなんか、昨日より少し背筋が伸びたような。
「そうだ。また昨日みたいなことになりかねないから」
そう言いながらひかるくんは、どこからともなく大きなおにぎりを取り出し、食べ始めた。
「ひかるくん、ご飯……」
「ああ、いつ戦いになるかわからないから、食べやすいものにしているんだ」
な、なるほど。
わたしがひかるくんの本気さに感心していると、ひかるくんが一瞬わたしと目を合わせて、おにぎりを持ってない方の手を振る。
「あ、美沙さんは無理に合わせなくていいから。何か他に用事があれば、今日も来なくて良かったんだけど」
「ううん、大丈夫」
わたしだって決めたんだ。
守り手として、ひかるくんに協力するって。
それに、能力との付き合い方とか、自分も知りたいことはまだまだたくさんある。
例えば、どうしてわたしがこの能力を持って生まれてきたんだ、とか……
「じゃあ、さっそく始めよう」
と、おにぎりを食べ終えたひかるくんが、わたしに視線を向ける。
「オレが魔のいそうな人目につかないところを見て回るから、そこで美沙さんは耳を澄ませて、魔の声が聴こえないか確かめてほしい」
「うん」
わたしが返事すると、ひかるくんがぐっと顔を近づける。
食べたばかりだからなのか、5月と言うには少し暑い天気のせいなのか、ひかるくんの顔は少し赤くて。
「美沙さん。絶対、離れちゃダメだからな」
ちょっ、え、そんな近づかなくても、わたしは聞こえてるのに!
「ひかるくん……」
「行くぞ」
ど、どうして?
昨日会ったばかりのわたしに、なんでこんなに近い距離感で……
これが、ひかるくんなりの守り手のやり方、ってこと、なの?
***
魔は、物や人についている時以外は、人のいない物陰で隠れるようにしていることが多いらしい。
そこで、体育館の裏から、昨日事故が起こった体育倉庫の裏手、さらにゴミ捨て場なんかがある校舎の裏側へと周りながら、魔を探していく。
ひかるくんが歩きながら、周囲をくまなく見てチェック。
その間わたしは、昨日聞いたような魔の声が聴こえないか確認する。
「あー宿題やってねえ」
「放課後どっか行こうぜ」
「ちゃんと準備しとけよー」
「先生どうしたんですか?」
「あらこんにちは」
昼休みの学校はとにかく騒がしい。
無数に聞こえてくる言葉の中から魔の声を探す作業は、耳よりも気持ちを集中させてないと、すぐ参ってしまいそうだ。
「美沙さん、なにか聞こえる?」
「……いや、何も」
けど、わたしの集中もむなしく、学校の敷地内を一通りまわっても変な音は聴こえなかった。
ひかるくんも、特に魔らしきものは見てないという。
そのまま、昇降口へ。
「魔、いないのかな?」
「わからない。上手く隠れられていたら、オレや美沙さんでも見つけられないと思う。次は校舎の中だ」
「え、中も探すの?」
「当たり前だ。むしろ生徒が近くにいたら、何に巻き込まれるか」
でも、生徒のたくさんいる校舎の中でキョロキョロしてたら目立つんじゃ……
いや、ひかるくんの言うとおりだ。
いつ魔がまた動き出すかわからないのである。恥ずかしいとか思ってる場合じゃない。
「――そうだね」
わたしはひかるくんのあとに続いて靴を履き替える。
建物の中でもやることは同じ。
ずっと周りを見てばかりのひかるくん。
それについていきながら、周囲の音をチェックするわたし。
……ただ、ひかるくんが廊下の真ん中を歩くのに対し、わたしはなんとなく、廊下の端っこを歩いてしまう。
すれ違った女子の先輩たちが、ひかるくんを見て一瞬振り向く。
「わっ、今の子かっこいい」
「1年?」
「みたいね。部活とか入ってないのかな?」
ひそひそ話だけど、わたしにはしっかり聞こえている。
やっぱりひかるくんは、他の女子から見てもイケメンなんだ。
そのひかるくんの隣を歩くのは、やっぱり気が引ける。
「――美沙さん。離れちゃダメだって言ったじゃん」
と、人のいない廊下の行き止まりで、突然言われた。
わずかに見上げると、ひかるくんがちょっと不満そうに口をとがらせている。
「あ、ごめんなさい……でも、ほら、ひかるくんって背も高い方だし、目立つから」
ひかるくんは、さっきの先輩たちの会話聞こえてたのかな。
自分の顔が良い、って自覚はあるのかな。
「目立つから?」
「ほら……クラス違う、小学校も違うわたしが急に隣にいるの、違和感というか」
そうわたしが言った次の瞬間、ひかるくんがわたしの右手を取った。
思わず、すぐ近くにひかるくんの顔が来る。
「そんなこと言ってる場合じゃないって」
力強いひかるくんの手に、思わず顔がこわばりそうになる。
「美沙さんが離れちゃったら、もしものときにオレが守れないじゃん」
そ、それは、そうだけど!
「……あ、じゃあさ」
すると、ひかるくんの声の勢いが、ちょっとだけしぼんだ。
「隣にいても違和感ないぐらい、オレら、その……つるんでいれば良いんじゃねえの?」
「え」
「それこそクラス違うから難しいかもだけど……あ、例えば、登校のタイミング揃えるとか」
えっと、ひかるくんの言わんとしてることは、わかる。
けど、それって、なんだか……
「だ、大丈夫だよ! そこまでしなくても。校内で魔を探すのだって、いつまでも続けるわけじゃないでしょ?」
気づいたら、わたしはそう言って廊下を引き返し始めた。
高まる心臓の音と、火照った顔をひかるくんに見られたくなくて。
もう、ひかるくんとわたしは昨日会ったばかりなのに!
「あれ、美沙ちゃん?」
はっと気づくと、目の前に七海ちゃんがいた。
「わっ!」
「おお、初めて美沙ちゃん驚いてくれた!」
そういえば、そろそろ昼休みも終わる。
トイレにでも行った帰りにここを通ったのだろう。
「で、どうしたの? ……って、あれ、岩戸? 何してるのこんなところで?」
「ああ……ここの窓、風が気持ちよく吹くんだよ」
「気持ちよく?」
「そうそう。って、そろそろ授業始まっちゃうじゃん。戻らねえと」
ごまかすように笑うひかるくん。
そういえばひかるくんと七海ちゃんは同じ小学校になるのか。上橋神社は、七海ちゃんの店がある商店街のすぐ近くだ。
特段仲いいってわけじゃないけど、普通に話すことはあるのかな。
「えっ、じゃあ美沙ちゃんもこのポイント見つけた感じ?」
「いや、わたしは普通に通りがかっただけだよ。ひ……岩戸くんはたまたまいただけ」
「ふ〜ん……」
少しほほえみながら、七海ちゃんが教室の方へ戻っていく。
「今日はもう終わりにしよう」
わたしにしか聞こえないような小声で、ひかるくんの声がした。
そして、その後。
「はあ…………もう、あんなことには」
つぶやくようなひかるくんの声も、確かに聞こえた。



