ひかるくんには何でも見えている



 唐突な岩戸くんの声。


 足音が止まり、わたしは岩戸くんに視線を向ける。

 ちょうど街灯の下、照らされる岩戸くんの顔は、とてもきれい。


「連絡先交換しようぜ。お互い、情報共有って意味で」


 って、連絡先!

 まだ同じクラスや、同じ吹奏楽部の子の連絡先も半分ぐらいしか知らないのに!


「ほら、いくら天野さんが遠くの声でも聞けるからって、毎回今日みたいに教室またいで話すのも不便だろ。あれはあれでカッコいいからたまにやりたいけど」
「カッコいいって……でもあれは岩戸くんからの一方通行じゃ」

「そのために連絡先交換するんだよ。じいちゃんが何か話があるときも、わざわざ天野さんにうちまで来てもらわなくて良くなるし」



 ああ、そうだ。あくまでこれは魔や守り手に関する情報交換のためだ。

 というか別に小学校同じだった男子とは普通に交換してるし。今さら何を気にすることがあるんだ、わたし。



 わたしたちはスマホを取り出し、メッセージアプリを開いて互いに登録する。


「よし。それと、魔とか守り手とかの話は、他のみんなには内緒な。帰り際にじいちゃんも言ってたけど」


 普通の人間が魔の存在を知ってしまうことは、魔に心を許し、やがては入り込まれることにつながる。だから、守り手以外に魔の話をしてはいけない……司郎さんから言われたことだ。


 そうか、連絡先を交換するのは、周りに秘密で情報交換をしたいということでもあるのか。


 秘密……会って1日の男子と、秘密を共有してしまったんだ、わたしは。


「あと、能力について何かあったらオレに聞いてくれれば、オレからじいちゃんに言っとくから。じいちゃんオレ以外にはほんと優しいから、ガンガン相談していいぜ」



 岩戸くんがそう言って笑顔になる。


 目と耳という違いはあるけど、感覚の鋭さという点では同じだ。わたしの知らない能力のことについても、もっと教えてくれるだろうか。



 ――能力についてちゃんと話せる人って、初めてだな……



「ありがとう。司郎さんって、やっぱり岩戸くんよりも詳しいの?」
「もちろん。ミミズみたいな文字の昔の古文書も読めるし、神主としていろんな仕事もするし。魔による被害が出ないようにお祈りするのも、じいちゃん……上橋神社の神主の仕事なんだ」


 なるほど。
 代々って言ってたから、岩戸くんもいずれは神主を継ぐことになるのだろうか。



「――それよりもさ」


 おや?
 岩戸くんの声が、わずかに小さくなる。



 なんだか、おそるおそるって感じ。



「なんで、じいちゃんの方だけ名前呼びなんだよ」



 へっ?

 思ってもなかった質問に、再び歩き始めたわたしの足がまた止まる。


「じいちゃんは司郎さんなのに、オレは名字呼びって、なんか、不公平じゃないけど……」

「だって、2人とも岩戸さんなんだから混ざっちゃうんだもの」
「じゃあさ」


 そこで、岩戸くんの足も止まる。


 で、振り返ってわたしと目が合った。



「オレも、その……名前で呼んでくれよ。ひかるって……」



 な、なんで。


 どうして、顔を赤くしながら、岩戸くんはそんなことを。

 こころなしか、わたしの顔も熱くなる。



「え」
「そうすれば、じいちゃんと呼び分けできるだろ。……あ、そっちが嫌だってなら、別にいいけどさ、不便かなって思って……」


 確かに、岩戸さん呼びじゃ混ざるかなって思って、おじいさんをとっさに司郎さん呼びしたけれど。


「それにほら、親交を深めるのも大事かなって思って。オレら、これから協力するわけだろ? スパイのコードネームじゃないけど、呼び名とか、決めといたほうが……」


 まあ、岩戸くんの言うことも、一理ある。


 これからわたしと司郎さんが話す機会もあるだろう。まだまだ司郎さんには何か質問をすることになる、そんな気がするのだ。


 その時に、呼びやすいほうが……でも、今日初めて会った男子を、いきなり名前呼びは……



「……やっぱり、ダメか?」



 ――岩戸くんが、真っすぐわたしを見つめてくる。


 白のはかまに、街灯に照らされた王子様みたいな顔。

 大きく開いた目には、どんなものが見えてるんだろう。


 わたしの表情も、わたしが想像するよりずっと奥の奥まで見通しているはずだ。

 わたし自身、他の人の声がそのように聞こえているから。



 確かにそう考えると、目の前の岩戸くんのことを、もっと知りたくなってきた。


 好奇心的なものもあるし、やっぱりこれから協力する身として……



「――ひかる、くん」



 と、気づいたら声が出ていた。


 そしてその途端、目の前の岩戸くん――ひかるくんの顔が少し緩んで。



「ありがとう! じゃあ、これからよろしくな……美沙さん」



 って、今、わたしのことを、名前で!



「ちょ、ちょっと」


 でも、言いかけたわたしの声は、周りに聞こえないであろう小さな声にしかならなかった。



 ひかるくん……こんなに距離が近くて、良いの……?



 ***



「ただいま〜」

「遅かったじゃない。友達と盛り上がったの?」
「あ、まあそんなところかな」


 母さんには、吹奏楽部の友達の家に行った、ということにしておいた。

 たとえ家族でも、今日聞いてきたこと、魔や守り手のことは話せない。


「夜の見回りは、オレ1人でするから。家では普通にしてて」

 ついさっきまで一緒にいたひかるくんからは、そう言われている。

「それに、家にいても、耳で周囲の様子を知ることはできる、でしょ?」


 いわばわたしは、人間センサーだ。

 司郎さんと共に動いていた、かつての守り手さんと同じように。


 音を手がかりに魔や、他の守り手を探す。



「今日父さん遅いから、先に夕飯にするわよ。手洗って来なさい」

「はーい」


 わたしの耳の良さはもちろん、母さんや父さんも知っている。

 とはいえ、ちょっと現実離れしているレベルだってことは教えてないし、ましてや魔なんて存在の声が聞こえるというのは、夢にも思わないだろう。


「ま、良かったわ。美沙、中学でも仲いい子できたのね」

 洗面所に向かったわたしの後ろで、母さんの小さなつぶやきが聞こえた。


 ――確かに、仲いいというか、他にはない関係の子は、できたなあ……




「……さてと」


 夕飯を食べ終わって、わたしは自分の部屋へ。

 鳴った通知音に、スマホを手に取る。


 ……!


 ひかるくんからのメッセージが来ている。


 連絡先一覧の『岩戸 ひかる』という文字が、なんだか目立って見える。


 今日知り合ったばかりの男子の名前が、ここにあるなんて。



 ……ええい、落ち着けわたしの心臓!


 うるさい鼓動の音に負けず、わたしはメッセージ欄を開く。

 表示される1行の文章。


『美沙さん。今日は本当にありがとう』


 やっぱり、名前呼びだ。
 これが、ひかるくんの距離感。


 わたしは、軽く深呼吸。



 ……よし、落ち着いた。

 わたしも、名前呼びすると決めたんだ。


 距離感を測るのは、得意なんだ。

 相手がカッコいいひかるくんでも、頑張って上手くやっていく。



『こちらこそ、ありがとう。色々教えてくれて』

 そう送ると、すぐ返事が返ってきた。

『いやいや。これも必要なことだから。で、今後のことなんだけど』



 それから、わたしは2つのお願いをされた。


 わたしは部活もあるので、毎晩ひかるくんがしてるという、魔を探すパトロールはひかるくん1人で続ける。(ゆうべひかるくんが公園で戦った魔も、そのパトロールで見つけたのだという)

 その代わり、わたしは家に帰ったら、耳を澄ませて、街で聞こえる音をくまなくチェックしてほしい、とのこと。


 また、魔の声がしないか。

 あるいは、ひかるくん以外で守り手や魔に関係ありそうな話をしている人がいないか。


 魔だけでなく、他に守り手候補がいないかも、探さないといけない。



 そしてもう1つ。


『今日、体育倉庫の床を崩した魔を倒さないと。しばらく一緒に探してほしい』

『一緒に探すって?』

『魔は人につかない限り、自力ではそんなに遠くに行けない。多分まだ校内にいると思うんだ。だから校内を2人でくまなくチェックしよう。オレが目で見て、美沙さんが耳で聞いて、魔を探す』


 魔を、探す。


 肉屋のおばさんの自転車が壊れた、あの時とは違う。



 自分から魔を探して、被害を止めに行くんだ。



 そう考えると、少し身体が震えた。


『それで、大丈夫?』

『うん。もしなんかあったら、美沙さんはすぐ逃げて良い。魔を倒すのは、オレが何とかするから』



 ……でも、それを見て、不思議とわたしの心臓の音は収まった。


 声が聞こえてないのに、なぜかひかるくんの文字から、力強さを感じる。



 思えば、会ったばかりのわたしを、ひかるくんは疑ってない。

 それどころか、魔と直接戦うすべを持ってないわたしを守るみたいなことも言っていた。



 いや、守り手っていうぐらいなんだから、一緒に行動する他の守り手も守らなきゃダメだよね、っていうことなんだきっと。


 司郎さんだって、ひかるくんに守れ!みたいに言ってたし。



『わかった』
『じゃあさっそく、明日の昼休みから始めよう。今日と同じ、桜の木の下に来て』