ひかるくんには何でも見えている



 大きな物音と、白雪ちゃんの声がした。


 暗い倉庫の奥。

 開いた入口から来るわずかな光が、立ち上がっている人影を映し出す。


 顔はよく見えない。けど、途切れ途切れの声は確かに白雪ちゃん。



「白雪ちゃん! どうしたの!」

 わたしが叫ぶ。


 けど、反応は無い。


 わたしの声など聞こえてないかのように、白雪ちゃんは声を上げる。



「ひ、か、る…………」



 そして、何か板のような物を持って、振り回し始めた。



 ひかるくんのことを、呼んでいるのだろうか。


 わたしは、横に立っているひかるくんへ目をやる。



 ――足が、震えている。家庭科室の火事の時と同じ。



「どう、する?」

 とにかく、床がまた崩れる前に、白雪ちゃんをあそこから外に出さないと。


「わたしなら、白雪ちゃんみたいにがれきの下を通って」

「いや、危ない……」


 声も震えている、ひかるくん。


「氷川が振り回してるの、落ちてたがれきだよ……先も鋭いし、美沙さんが当たったら大けがだ」

「どうして、白雪ちゃんはそんなことを」
「魔のせいだ。それに無理やり引っ張ってきたら氷川は暴れる。美沙さん、止められる?」


「……」


 そう言われると、自信はない。


 白雪ちゃんはわたしと違って運動ができる。先生の手伝いをして、重そうな荷物を運んでいるのを何度も見たことがある。


 おまけに今の白雪ちゃんは魔につかれて、我を忘れた状態。何をしてくるかわからない。


 ひかるくんみたいに戦うのは、わたしには無理だ。



「じゃあ、ひかるくんが」
「いや、オレには無理」

「なんで」


「……こんなに暗くちゃ、オレの目は役に立たない」


 ……確かに、体育倉庫の中は窓もなく真っ暗。

 唯一光が入ってくる入口も、今は散らばったがれきのせいで完全には開けられない。


 現に、10mぐらい前にいる白雪ちゃんだって、見えるか見えないかぐらいなのだ。


「でも、ひかるくんの目なら、暗くても」
「メガネやコンタクトをつけても、暗いところが明るく見えるわけじゃないだろ?」



 ――そんなわけ、と言いかけて思い直す。


 どれだけ視力が良くても、透視はできないと司郎さんは言っていた。

 思えばわたしだって、聴力は良いけど、別に絶対音感を持ってるとかじゃない。



 多分、守り手の能力は、マンガやアニメみたいになんでもできるわけじゃないんだ。


「美沙さんや他の人よりかはマシかもしれないけど、それでもオレには、暗闇の中で氷川の動きは良く見えない。それに……上も危険だし……」


 ひかるくんが顔を上に向ける。


 まだ残っている2階の床だって、いつ崩れるかわからない。

 床板だけじゃない。床板を支える木材――はりって言うんだっけ――が落ちて、もし身体に当たったりでもしたら。痛いなんてもんじゃないはずだ。



「……オレには、やっぱり無理だよ。目が良くても、暗い場所、障害物の多い場所では役立たない」


 ひかるくんの声が、どんどんネガティブになっていく。


「それに、遠くの魔を見つけても、オレはまだ子どもなんだ。危険なところには簡単に入れないし、やっぱり……怖いし……」


 自信をなくすと、あの明るいひかるくんもここまで変わってしまうのか。


 きっと以前のひかるくんだったら、わたしが止めても白雪ちゃんを助けに行っただろう。

 でも今は、全く足が前に動こうとしない。



 だったら、わたしが動かす手伝いをしないと。


「じゃあ――」


 家庭科室の火事の時、わたしはひかるくんを止めた。

 煙だらけの家庭科室は、中にいるだけで危険だったから。油に引火して爆発する可能性もあった。


 でもこの体育倉庫にあるのは、散らばったがれき、暴れる白雪ちゃん。

 2階の床が崩れても、落ちてくるまでには少しの間がある。



 ――それだけなら、わたしは聴ける。



「わたしが、ひかるくんの目の代わりになる」


「……え?」

 ひかるくんが、気の抜けた顔でこちらを向く。


「わたしは、がれきの危ないところも、崩れそうな床も、音でわかる。けど、暴れる白雪ちゃんを止められない」

 もどかしいけど、これは仕方ない。わたしの役割は、人間センサーだ。


「ひかるくんは、白雪ちゃんを止めて、とりついた魔を倒すことができる。けど、白雪ちゃんの動きや、危ないがれきや床がわからない。スマホのライトを持っても限界があるし、わたしもひかるくんも片手がふさがって動きづらい」

 見えるものには、限界がある。現に司郎さんだって、もう1人の守り手さんとの協力で、魔を見つけて倒していたというじゃないか。


 なら、わたしも、同じことをするだけだ。


「だったら、わたしがひかるくんの代わりに、危険を全部聴いて教える。ひかるくんが例え目をつむっていても、白雪ちゃんのところまでたどり着けて、魔を倒せるように、わたしがナビをする」


「そんなの……」

「ひかるくんわたしに言ったじゃない。力を貸してほしいって。魔を見つけるだけじゃない。魔を倒すためにだって、わたしは力を貸す」


 ひかるくんはわたしと違って、空手をやっていて強い。

 けど、ひかるくんにだって1人では倒せない魔とか、他にもピンチになることはあるだろう。


 その時に、わたしはひかるくんを全力で助ける。


「ひかるくんが見えないもの、わからないものは、わたしが全部聴く。全部聴いて、わたしがひかるくんを守る」


 わたしが今日、ひかるくんに言いたかったこと。


 ひかるくんが、わたしを守るって言ってくれたから、わたしは守り手として頑張ろうと思った。

 ならば、わたしもひかるくんを守る。ひかるくんが守り手として全力で戦えるように、わたしは全力で助ける。



「そ、そう……」


 ひかるくんの声が、わずかに裏返った。


 足の震えが、止まった。



「だからひかるくん! わたしを信じて」


 お願い。わたしのことを見て、聞いてほしい。


 わたしの能力は、きっとこの時のためにあったんだ。

 白雪ちゃんを、ひかるくんを、助けるために。



「わたしも、ひかるくんと一緒に、戦う」



 ――ひかるくんが一瞬静かになり、風の音だけが聞こえる。


 ひかるくんは、わたしを見て、ちょっとだけ白雪ちゃんの方を見て、そしてうつむいて。



「――うん」


 ひかるくんの背筋が、伸びたように見えた。


「美沙さんは、強いなあ」

 長く息を吐くひかるくん。



 すると、ひかるくんはがれきの前で突然、身体をかがめてよつんばいになった。


「ひかるくん?」

「行くよ……オレ。今は、美沙さんを……信じる」



「……うん、任せて」


 ひかるくんの声には、まだ震えが残っていたけれど。


 大丈夫、ひかるくんに降りかかる危険は、わたしが全部教えてあげる。