わたしが出席簿を置き、黒板の日付を書き換えてる間、白雪ちゃんは自分の席に座って教科書やらノートやらをカバンから出している。
置き勉とかしないんだ。やっぱり学級委員の白雪ちゃん、真面目。
「白雪ちゃん、もう身体は大丈夫なの?」
「ええ。親がかなり心配して、1日だけ検査で入院したけど、それだけよ。煙をたくさん吸っちゃったってだけで、やけどとかしてないし」
わたしの問いかけに、普段と変わらぬ声で答える白雪ちゃん。
改めて、わたしは胸をなで下ろす。
「良かった……けど、早いね登校するの。まだホームルームまですごい時間あるよ?」
少し耳を澄ませても、登校する生徒の足音なんかは全然聴こえてこない。
白雪ちゃんは帰宅部だから、朝練なんかも無いはずだし。
「わたしはいつもこうよ。両親の仕事がとっても忙しいし、お手伝いさんとか朝早くから起きてるから、わたしも早起きするようになったの。だから、この時間に登校して、授業の予習とかしてる」
へえ……
わたしの場合、ずっといろんな音が聞こえてることもあり、寝られないということに身体がもうすっかり慣れてしまった。
だから早起きはあまり苦にならないのだけど、白雪ちゃんもそれに近い感覚なのかな。
「お手伝いさんがいるなんてすごいなあ。大きな家だもんね、白雪ちゃんの家」
「まあその分移動は大変だけど。わたしも入ったことのない部屋とか未だにあるもの」
「そうなの? 昔はよく探検してたって聞いたけど……」
と、わたしが言いかけたところで、白雪ちゃんがガタッと席を立った。
2人しかいない教室、椅子と机の動く音が反響して大きく聞こえる。
「ねえそれ、もしかして岩戸から聞いた?」
そして、白雪ちゃんの声が変わった。
より低く、疑問と、わずかばかり怒りも含んだような、そんな声。
「あ……うん。たまたま、白雪ちゃんの話になって」
「そう、なのね。岩戸、そういうのはあんまり覚えてないのだと思っていたのだけど」
白雪ちゃんの声から、切なさみたいなものを感じる。
そして白雪ちゃんは、小声でぼそっと。
「何よ……じゃあなんで最近は……忙しいの分かるけど……」
「ん?」
「い、いや、なんでもないわ!」
白雪ちゃんが顔を真っ赤にする。
しまった、これは聞いちゃいけないやつだ。
白雪ちゃんとひかるくんの関係……気にならないといえばうそだけど、慎重にいかないと。
それこそひかるくんの気を悪くすることにもつながってしまう。
「……ってそれより天野さん、岩戸とそんなことまで話してたのね。本当にあなたたち、どういう仲なの?」
今度は、白雪ちゃんが足音高くわたしの方に歩いてくる。
声が持つ迫力にわたしは押され、思わず背中が黒板にぺたり。
「そ、それは……」
どうしよう。
もちろん魔や守り手の話は絶対にできない。ひかるくんがずっと隠してることを、わたしがここで漏らしちゃうわけにはいかない。
――ここまで来たら、いっそ堂々とうそをつくしかないのか。
「……なんかわたし、岩戸くんの昔の知り合いにすっごく似てる、んだって。最初校内ですれ違ったときに、びっくりした岩戸くんに話しかけられちゃって、それから話すようになったの」
覚悟決めて、とっさに思いついたことを適当に言う。
ごめんひかるくん、勝手に知り合いを作り出しちゃって。後で謝らないと。
「そう、なの……? 岩戸にそんな知り合いいるなんて、聞いたことないような」
「あ、他にも色々趣味が合ったりとかして。それにわたし、上橋神社は何度も行ってたから、裏話的なやつとか気になっちゃって」
実際はひかるくんと話す内容はほとんど魔や守り手関連で、神社の仕事とかの話ってそんなにしてないのだけど。
でも一応、ある程度白雪ちゃんを信用させることはできたようだ。
「まあ……岩戸は優しいから、誰かに聞かれたらそういうことは答えるわね。それ以外の、その……世間話みたいなのも、するの?」
けど、白雪ちゃんの声にある疑問と怒りは、まだ抜けてない。
わたしが急にひかるくんと仲良くなった、ってこと自体はやっぱり不満に思っているんだ。
「えっと……まあ、それなりに」
「そう、そしたら今後そういうのは、やめてほしい」
「やめてほしいって……」
わたしの戸惑いの声に答えるように、白雪ちゃんは握りこぶしを机にコツンと当てる。
その音からも、白雪ちゃんのイライラに近い気持ちが伝わってくる気がする。
「昨日、司郎さんにメッセージ送ったら、『ひかるは落ち込んでる』って返ってきた。『家庭科室の火事を見て、3年前両親が亡くなったショックを思い出したから』って司郎さんは言ってたけど、多分それだけじゃない」
司郎さん、白雪ちゃんにも少し話していたのか。
家族ぐるみの付き合いとも言ってたし、魔や守り手の話題は避けて話せるところは話した、という感じなのかな。
「家庭科室の火事の前から、岩戸は落ち込んでた。原因は天野さんとの話で両親のことになったから。そこに運悪く火事が起きて、たまたま岩戸がそれを見ちゃったから……」
……そう言われると、わたしも否定しきれない。
あの日、ひかるくんの両親の話題になりかけたのは事実だ。
もっと言うと、3年前の火事に関しても、やっぱり思うところがあるし。
うつむいてしまったわたしに向かって、白雪ちゃんの口調が強まる。
「岩戸は、大変なの。両親がいなくて、司郎さんと2人暮らしで、神社の後継ぎとしての仕事もたくさんしている。学校では普通にしてるけど、すごく苦労をしている。だから、それをわからない状態で、色々勝手にお話するのはやめてくれないかしら。また、岩戸を傷つけちゃうかもしれない」
白雪ちゃんの顔が、急にわたしの目の前に迫る。
「それは…………」
――言いかけたわたしの声が止まる。
なんて言えば良いのだろう。
ひかるくんの苦労はわかる。
両親のいない2人暮らし、神社のお手伝い、さらに(白雪ちゃんは知らないけど)守り手としての見回りもあるのだ。
だからひかるくんと知り合ってすぐのわたしが余計なことを言うな、というのは白雪ちゃんの立場からしたら間違いではない。
けど、それでもわたしは、ひかるくんと一緒にいなきゃいけないのだ。
同じ守り手として。
そして、一緒にいるうえで、ひかるくんの近くにいる人ともわたしは関わらなきゃいけない。司郎さんとか。
「多分白雪ちゃん、本気で岩戸のこと気になってると思うんだ」
七海ちゃんが前に言っていたのを思い出す。
だったら、白雪ちゃんもわたしが関わらなきゃいけない人の1人。
白雪ちゃんとも仲良く……とは言わないまでも、上手くやっていかなきゃいけないはず。
なら、このまま白雪ちゃんに良くない印象を抱かれたままなのは、やっぱり嫌だ。
「ごめんなさい」
わたしはそう言って、頭を下げた。
思ったより大きな声が出て、教室に響き渡る。



