「でも、あたしは頑張るよ。あたしの知ってる一番の味を、あたし自身で作り出せるようになるんだ。レシピとかはもうわかってるから、後は技術だけ。ゴールがわかってるんだからいつかはできる」
「……すごいね、七海ちゃん。やっぱり前向き」
「美沙ちゃんだって前向きだよ! だってあたしに悩み話したじゃん!」
「え?」
話すだけで、前向き……?
七海ちゃんはもう一度、わたしが口をつけたコーヒーを少し飲む。
「……うん。お客さんにもいるんだ。悩みとか、抱え込んでることを話さないで、どんどん深く悩んじゃう人。そういう人って、やっぱりどこかで悩んだままで良いって思ってるんだよ」
「悩んだまま?」
「そう。でも美沙ちゃんは悩みを話してくれた。つまり、その悩みを解決させたいってこと」
スプーンを持ったままの右手で、ビシッとわたしを指差す七海ちゃん。
解決させたい……ってことは。
「わたしは、その人を元気づけたい……ってこと?」
「違うの? そんな味がしたけど」
「味?」
「ああ……味というか、勘?」
味なんて、料理上手の七海ちゃんらしい言い方だ。
……でも、やっぱりそうなんだ。
わたしはひかるくんを、立ち直らせたい。
だってひかるくんが心配だから。
魔を探して校内を探していた時、力強くわたしを引っ張ってくれていたひかるくんが、あんなにわかりやすく落ち込んでるんだ。
心配にならないわけがない。
それに、司郎さんが仕方ないと言ってたんだから、3年前の火事は本当にどうにもならなかったのだろう。ひかるくん自身も、そのことを司郎さんから言われているようだ。
もちろん、両親を失うというのは本当につらいはず。わたしも正直想像がつかない。
でも、3年前に火事を引き起こした魔を倒せるのも、ひかるくんだけなんだ。
「うん。わたし、確かにその人に、元気になってほしい」
わざわざひかるくんの過去を白雪ちゃんや司郎さんから聞いたのも、ひかるくんが心配だったからじゃないか。
もしそのことで、ひかるくんからよく思われなかったとしても。
それでもわたしは、ひかるくんのことを知りたい。
知って、ひかるくんが魔を倒す手伝いをしたい。
わたしの聴力で、ひかるくんの役に立てるのなら。
「その人を、助けたい……」
「そうだよ美沙ちゃん! 頑張れ!」
わたしの声をさえぎるように、七海ちゃんの大声が店内に響き渡った。
「美沙ちゃん鋭いんだから、きっとその人を元気づけられるようなぴったりなことができるよ!」
「ぴったりなことって……うん、でも頑張ってみる」
目の前に、七海ちゃんの笑顔が見える。声も元気いっぱいに弾み、いつものおしゃべりな七海ちゃんだ。
そういえば、ひかるくんのことについて誰かに話したの初めてだな。ひかるくんのこととは言ってないけど。
……これからも七海ちゃんには、ちょくちょく話をしようかな。
もちろん魔や守り手の話はできないけど、何かあったときにヒントをもらえる、そんな気がした。
「ありがとう、七海ちゃん。わたし、明日その人に話すよ」
「ありがとうなんてそんな! あ、それより教えてよ、その人ってどんな人? 小学校の知り合いって、昔のクラスメイト?」
「あ、そんな感じかな」
「え〜男子? 女子?」
「えっと……」
七海ちゃんの質問攻めを受けながら、わたしは決めた。
明日から学校再開。
そこで、ひかるくんに話そう。
司郎さんによると、ひかるくんはまだ元気じゃないみたいだ。
けど、登校はするっぽい。
ひかるくんとわたしがずっと探している魔は、まだ倒せてない。
一緒にまた、ひかるくんと魔を探すんだ。
「あれ、美沙ちゃんまた顔赤いよ? もしかして、その人と何か関係あるの?」
「え!?」
その時聞こえてきた七海ちゃんの声に、思わずわたしは顔を手でおさえる。
……いやいや、落ち着くんだわたし。
ひかるくんと話すのももう慣れた。
今さら緊張なんて、するわけない。
明日の朝、登校のときにひかるくんの通学路の方をちょっと回り道して、その時に声をかけるんだ。
***
そして迎えた、次の日の朝。
「じゃあ天野、これよろしくな」
職員室で、担任の先生から1年5組の出席簿を受け取るわたし。
――今日、日直なのをすっかり忘れていた!
日直は朝いつもより少し早く登校して、出席簿を教室に置いて黒板を軽く掃除しないといけない。
通学路を寄り道してたら、時間に間に合わない。
だから、わたしの家とは反対方向から来るひかるくんを待てない。
で、泣く泣く昇降口を通り抜け、カバンを自分の机に置き、その足で職員室に行って出席簿をもらってきたのが今。
まだ生徒のほとんどいない学校は、いつもよりずっと静か。
誰かの話し声とかも、足音も全然聞こえない。
その静かさが、わたしを悲しくさせる。
……もう、せっかくひかるくんとちゃんと話そうと思って来たのに!
って、だから落ち着くんだわたし。
静まれ心臓の音。
そう、準備の時間がちょっと伸びただけだ。
ひかるくんが登校してきた後、時間を見つけよう。昼休みとかで良いかな。
何も緊張することは無いんだ。
繰り返すが、ひかるくんと話すのはもう何度も……
「……ああっ!」
ダメだ。思わず声が出た。
なんで? なんでひかるくんと話す、と考えるたびにこんなドキドキしちゃうんだ?
別に秘密を打ち明ける、とかじゃないのに?
「もう、落ち着け落ち着け……」
そう小声で念じながら教室まで歩くわたし。
大きくなる鼓動を隠すように足音をいつもより高く立てる。自然と早歩きになる。
そして勢いのまま、5組の教室のドアを一気に開けた。
同時に、後ろから声がした。
「あら、おはよう天野さん。日直だったわね」
振り返らなくても、声の主は明らかだった。
「白雪ちゃん、おはよう」



