「氷川家に? もちろん話してないよ」
その日の昼休みの見回り中、わたしはひかるくんに聞いてみた。
白雪ちゃんと仲が良いのは本当なのか、魔や守り手のことは話しているのか。
でも、わたしの予想通り、ひかるくんは真顔で首を横に振った。
「確かに岩戸家と氷川家は江戸時代よりも前からの付き合いで、お祭りとか街の行事では他の家をリードする役割を担ってきた。けど、だからといって魔と守り手の秘密に例外はない。氷川も、その両親も、そのまた両親も守り手の力は無い。だったら、話せない」
「ずっと一緒にいる家なのに? 氷川家には守り手が生まれたことはないってこと?」
「昔の資料を見る限りは。それこそじいちゃんのときも、もう1人の守り手さんは岩戸家とも氷川家とも関係ない家の人だったらしいぜ」
やっぱりそうなんだ。
司郎さんと一緒に動いていた守り手さん。今のわたしと同じように、司郎さんと2人で魔を探し、倒していた人。
できることなら、守り手としてわたしが動く上でも参考にしたい人なんだけれど……司郎さんも連絡を取れないか色々頑張っているようなので、そこはお願いするしかないのかな。
……で、白雪ちゃんの方は、と。
「ところで、聞いたよ? ひかるくん、昔はいつも白雪ちゃんと一緒にいたって」
わたしが聞いたその途端、ひかるくんの顔が赤くなった。
微妙にわたしから、ひかるくんが目をそらす。
「まあ、家同士の付き合いもあったしな。それこそ、行事が近くなると、じいちゃんしょっちゅう氷川の両親と話し合いしてたし。そういうときはたいてい、氷川の家を2人で探検してた。大人は忙しくて構ってくれなかったから」
「へー……」
確かに白雪ちゃんのお屋敷は、子どもが遊ぶには広すぎるぐらいだろう。
わたしも外の様子しか知らないけど。
「言っとくけど、ただの腐れ縁だよ?」
そこで、ひかるくんの声の調子がわずかに変わる。
別に白雪ちゃんとはそういう仲ではない……そう言わんばかりに。
「オレやじいちゃんとしても、守り手のこととかあるからさ。あまり様子を見に来たり、心配しなくていいって氷川には言ってるんだ。うちのことはうちでなんとかする、って」
「様子を見に来るって?」
「ああ……うち、じいちゃんと2人暮らしだろ? それを心配してんのか、『夕飯の余りです』って言ってちょこちょこ色々持ってくるんだよ。氷川が自分で」
「あれ、ひかるくんってやっぱり2人暮らしだったの? その、お父さんとかお母さんは……」
わたしはひかるくんの話を止める。
ひかるくんの両親、の話がひかるくんからも司郎さんからも出なかったから、そんな気はしてたのだけど。
「ああ、ああ……」
すると、ひかるくんの言葉が止まった。
無言の時間が、わずかに流れる。
「ひかる、くん……?」
わたしの出した声も、思わず小さくなってしまう。
風にざわめく木の葉のこすれる音だけが、わたしの脳内にこだまする。
「……いや、そのことは説明すると長くなっちゃうからさ」
そしてようやく口を開いたひかるくん。
汗をぬぐうかのように、おでこに手を当てている。
「そのうち話すから、今日は見回りを続けよう」
「え……」
「さ、時間無いし」
次の瞬間、わたしはひかるくんに右手を引っ張られた。
「あの」
「ごめん、この話だけは、あとにさせてほしい」
ひかるくんのキリッとした顔が目の前に来る。
――カッコいい顔なのに、声はどこか悲しげで、わたしはそれ以上言葉を続けられなかった。
***
結局、ひかるくんとそれ以上会話する機会のないまま、放課後になってしまった。
中間テストが終わったことで、各部活も再開。
帰宅部のひかるくんとは少し会えなくなる。
「コンテストは意外とすぐに来ます。悔いのないように、しっかり練習しましょう!」
吹奏楽部は7月のコンテストに向けて、練習の毎日が続くことになる。
顧問の先生の合図で、わたしたち部員はパートごとに分かれて空き教室へ。
「……あっ」
その教室の窓からなんとなく外を見下ろして、わたしは思わず小さな声が出た。
ランニングする運動部の生徒に混じって、ひかるくんが校庭の周りを歩いている。
魔がいないか、校内を再度見回ってから帰るんだろう。
3階の教室からだと顔はよく見えないけど、昼休みの時みたいな悲しんだ感じは……無い、ように見える。
「ああ、ああ……」
一瞬沈黙してしまったあの時のひかるくんを、思い出してしまう。
そういえば、司郎さんにもちゃんと聞いたことがなかった、ひかるくんの両親の話。
ひかるくんと司郎さんは、上橋神社の隣の家で2人暮らし。
としたら、ひかるくんのお父さんとお母さんは、どうしてるんだろう……
「――天野さん」
と、わたしの思考を遮るように、先輩の声が聞こえてきた。
「先輩?」
「ごめん、この子が天野さんに用があるみたいで」
わたしが振り返ると、教室の入口に白雪ちゃんが立っていた。
「ごめんなさいね。部活中に」
わたしが廊下に出て、後ろ手でドアを閉めると、白雪ちゃんは丁寧な物言いで話し始めた。
「ううん、大丈夫。それよりも……やっぱり、ひ……岩戸くんのこと?」
「なんだ、わかってるのね。話が早いわ」
腕を組んで仁王立ちする白雪ちゃん。
やっぱり、わたしとひかるくんのことが、何か……
「さっき下校しようとした時、岩戸に会ったの。そしたら全然元気が無かった。いつもみたいに軽くあいさつしてくることも無かったし、なんだかずっと考え事をしていた」
不満げな顔、声の白雪ちゃん。
――けど、両親の会話をわたしとしてから、ひかるくんは何かをずっと引きずってるってことだ。
で、多分白雪ちゃんは、その原因がわたしなんじゃないかと思って聞きに来てる。
「思い返してみたら、今日の昼休みに岩戸を見たときもそんな感じだったわ。で、その時岩戸の隣には、あなたがいたの」
白雪ちゃんの右手がビシッとわたしを指差す。
無意識のうちに、わたしの心臓が音を立てる。
練習する吹奏楽部員の楽器音、隣の家庭科室から聞こえる調理の音。
それらと混ざった音が、だんだん大きくなる。
「あなた、岩戸となにかあったの?」
白雪ちゃん、すごい直球の質問だ。
声からもわかる。迷いがない。
……でも、わたしも本当のところはわからない。
とはいえ、わたしよりも昔からひかるくんのことを知ってる白雪ちゃんなら。
「――両親の、話になって」
「ああ……」
その途端、白雪ちゃんが頭を抱えた。
わたしは何かやってしまったんだ、というのが、白雪ちゃんの声を聞くまでもなくわかる。
「白雪ちゃん、岩戸くんのご両親って」
「死んだわ。――3年前に」



