あの夜から、数日が過ぎた。
腕を掴まれた感触は消えているのに、帰り道の人影や足音に、まだ胸がざわつくことがある。
自分でも、思っていた以上に怖かったのだと分かる。
そんなある夕方。
病院を出たところで、スマホが震えた。
「奈々、今日迎えに来た。外いる」
颯太からだった。
少し驚いたけれど、それ以上に、ほっとする。
外に出ると、街灯の下で颯太が軽く手を上げた。
「大丈夫そう?」
その第一声が、颯太らしい。
「うん……だいぶ」
そう答えると、彼はほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「ちょっと歩こ。公園、寄っていい?」
自然な流れで頷く。
あの公園は、幼い頃から三人で過ごした場所。
最近は、颯太と二人で来ることのほうが多い。
ベンチに座ると、夕暮れの空がゆっくりと紺色へ沈んでいく。
しばらく無言だった。
その沈黙は、昔ほど軽くない。
やがて颯太が口を開いた。
「正直さ、あの日めちゃくちゃ焦った」
奈々の手を、そっと包む。
「車から降りてきた奈々、顔色悪かったし……話聞いて、ほんと怖かった」
責める声じゃない。
ただ、心配している人の声。
奈々は小さく頷く。
「諒がいてくれて助かったよ」
その名前を口にした瞬間、胸の奥がわずかに熱を帯びる。
低い声。
背中に回った腕。
――大丈夫だ。俺がいる。
一瞬だけ、あの夜の体温がよみがえった。
颯太はそれに気づいたのか、視線を少し落とす。
「奈々さ」
少し間を置いてから。
「最近、諒のこと……どう思ってる?」
まっすぐだった。
でも問い詰めてはいない。
確認しているだけ。
それが、余計につらい。
「幼馴染だよ。昔から変わらない」
そう答えながら、自分の声がわずかに揺れたのが分かる。
颯太は何も言わない。
ただ、ゆっくりと距離を詰めた。
昔なら、自然に目を閉じていた距離。
唇が触れる、その手前。
奈々の呼吸が浅くなる。
目を閉じようとする。
でも――
閉じられない。
頭の奥に、あの夜の感触が浮かぶ。
腕の強さ。
低い声。
包み込まれた体温。
――俺がいる。
世界が、一瞬だけ重なる。
奈々の体が、ほんのわずかに引いた。
数センチ。
でも、決定的な距離。
颯太の瞳が揺れる。
ほんの一瞬、傷ついた色が浮かんだ。
それでも彼は、すぐに笑った。
「そっか」
静かな声。
責めない。
問い詰めない。
それが、胸に刺さる。
「奈々、ちゃんと考えてるんだよな」
優しいのに、どこか必死だ。
「俺、待つよ」
間が落ちる。
「奈々が、自分で決めるまで」
奈々の胸が締めつけられる。
そんなこと言われたら、楽になれない。
そんなこと言われたら、逃げられない。
街灯の光が二人の影を伸ばす。
並んでいるのに、
触れているのに、
どこか少しだけ、ずれている。
そのわずかな隙間に、
奈々の迷いが入り込んでいた。
腕を掴まれた感触は消えているのに、帰り道の人影や足音に、まだ胸がざわつくことがある。
自分でも、思っていた以上に怖かったのだと分かる。
そんなある夕方。
病院を出たところで、スマホが震えた。
「奈々、今日迎えに来た。外いる」
颯太からだった。
少し驚いたけれど、それ以上に、ほっとする。
外に出ると、街灯の下で颯太が軽く手を上げた。
「大丈夫そう?」
その第一声が、颯太らしい。
「うん……だいぶ」
そう答えると、彼はほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「ちょっと歩こ。公園、寄っていい?」
自然な流れで頷く。
あの公園は、幼い頃から三人で過ごした場所。
最近は、颯太と二人で来ることのほうが多い。
ベンチに座ると、夕暮れの空がゆっくりと紺色へ沈んでいく。
しばらく無言だった。
その沈黙は、昔ほど軽くない。
やがて颯太が口を開いた。
「正直さ、あの日めちゃくちゃ焦った」
奈々の手を、そっと包む。
「車から降りてきた奈々、顔色悪かったし……話聞いて、ほんと怖かった」
責める声じゃない。
ただ、心配している人の声。
奈々は小さく頷く。
「諒がいてくれて助かったよ」
その名前を口にした瞬間、胸の奥がわずかに熱を帯びる。
低い声。
背中に回った腕。
――大丈夫だ。俺がいる。
一瞬だけ、あの夜の体温がよみがえった。
颯太はそれに気づいたのか、視線を少し落とす。
「奈々さ」
少し間を置いてから。
「最近、諒のこと……どう思ってる?」
まっすぐだった。
でも問い詰めてはいない。
確認しているだけ。
それが、余計につらい。
「幼馴染だよ。昔から変わらない」
そう答えながら、自分の声がわずかに揺れたのが分かる。
颯太は何も言わない。
ただ、ゆっくりと距離を詰めた。
昔なら、自然に目を閉じていた距離。
唇が触れる、その手前。
奈々の呼吸が浅くなる。
目を閉じようとする。
でも――
閉じられない。
頭の奥に、あの夜の感触が浮かぶ。
腕の強さ。
低い声。
包み込まれた体温。
――俺がいる。
世界が、一瞬だけ重なる。
奈々の体が、ほんのわずかに引いた。
数センチ。
でも、決定的な距離。
颯太の瞳が揺れる。
ほんの一瞬、傷ついた色が浮かんだ。
それでも彼は、すぐに笑った。
「そっか」
静かな声。
責めない。
問い詰めない。
それが、胸に刺さる。
「奈々、ちゃんと考えてるんだよな」
優しいのに、どこか必死だ。
「俺、待つよ」
間が落ちる。
「奈々が、自分で決めるまで」
奈々の胸が締めつけられる。
そんなこと言われたら、楽になれない。
そんなこと言われたら、逃げられない。
街灯の光が二人の影を伸ばす。
並んでいるのに、
触れているのに、
どこか少しだけ、ずれている。
そのわずかな隙間に、
奈々の迷いが入り込んでいた。

