お姫様は専属総長に溺愛されてみたい。

婚約者が去ったあと。
教室は、異様な静けさに包まれていた。

さっきまで確かに聞こえていたざわめきも、
今は息を潜めたみたいに止まっている。

誰も、何も言わない。
でも――

視線だけが痛いほど刺さる。
流海はまだ悠斗に握られた手の熱を感じていた。

「……こいつは俺のだ」

その言葉が、何度も頭の中で反響する。

ぽつり、と誰かが小さく言う。

「本当に総長と……?」

それを合図に、空気が崩れた。

「え、婚約者いたんだよね?」
「理事長の孫ってマジでドラマじゃん……」
「でも総長、普通に奪ってたよな」
「やばくない?うちの学校終わるんじゃ……」

ひそひそ声。
でも全部、聞こえている。
前の席の女子が振り向きかけて、目が合った瞬間に逸らす。

さっきまで“お嬢様”として扱われていた距離感が、
明らかに変わっていた。

尊敬でも羨望でもない。

“巻き込まれたくない”という距離。

教室のドアの近く。
まだ動かない悠斗。
壁にもたれ、無表情。
でも周囲は誰も近づかない。

総長としての圧。
そしてさっきの宣言。

「流海は俺が守る」

あれは、ただの口論じゃない。

戦争の合図だった。

流海の胸が締め付けられる。

自分のせいで。
自分が選んだから。

でも――

その瞬間。

椅子がガタン、と鳴る。

悠斗が教室の中央まで歩いてくる。

視線が一斉に集まる。

低く、静かに言う。

「余計な詮索すんな」

それだけ。
脅しでも怒鳴り声でもない。
でも、誰も逆らえない。

「こいつに何かしたら……」

一瞬だけ目が鋭くなる。

「俺が黙ってねぇ」

完全な宣戦布告。

教室は、凍りついた。

流海は気づく。
もう戻れない。

“理事長の完璧なお姫様”だった日常には。

今この教室は、

好奇心と恐怖と噂で満ちていて、見ているだけで苦しくなる。
そしてその中心にいるのは、自分。

悠斗が視線だけで合図する。
“下向くな”

流海はゆっくり顔を上げる。

ざわつくクラスの中で、初めて、自分の足で立った。

嵐のあとは、静かだけど。

確実に世界は変わっていた。