ただそこに愛があるなら

「緋山! 明日退院出来るって先生が」

数日後、絵美梨はいつものように病室に現れるなり、嬉しそうにそう話す。

「ええ、私も先程聞きました」
「ああ、本当に良かったわ。これでひと安心ね。だけどまだ油断してはいけないわ。退院してもしばらくは安静にね。なにかやりたいことはある? 行きたいところは?」

絵美梨のマシンガントークに、要は苦笑いを浮かべた。
安静にねと言いながら、どこかに連れ出そうとしているのが、なんとも絵美梨らしい。

「特にはございません。強いて言うならサロンですね。溜まった仕事を片づけたいです」
「それはだめよ! 社長命令です。年内はお休みしなさい」
「ですがそれでは、関係各所への連絡なども滞ってしまいます。せめてメールだけでも送って説明責任を果たしませんと、サロンの信用問題にもかかわりますし、私自身の口から状況報告を……」
「あー、もう、うるさい! 分かったわよ。でも出勤は禁止。テレワークにしなさい」
「……致し方ありませんね」
「ありませんとも。じゃあ早速今日もリハビリよ。今日は階段で1階まで下りて、お庭をお散歩しましょう。あ、待って。外は寒いから上着を」

絵美梨は甲斐甲斐しく要の世話を焼き、ダウンジャケットを羽織らせてから腕を支えて立たせる。

そのまま腕を組んで病院を出た。

「あら、仲睦まじいわね」

廊下ですれ違うナースに声をかけられ、「はい、リハビリがんばっています」と笑顔で答える絵美梨が、要は愛おしくて仕方ない。

(腕を組んで歩くのがリハビリとは……。真面目にそう思っているお嬢様が、なんとも可愛らしい)

敢えてツッコまず、このままにしておくことにした。

階段で1階まで下りると、温かい飲み物を買ってから行こうと、まずはコンビニエンスストアに立ち寄る。

絵美梨がコーヒーマシンでカプチーノを二人分淹れている間に、要は別の会計を済ませた。

さり気なくダウンジャケットの内側に忍ばせて、絵美梨のもとへ行く。

「出来たわよ。行きましょうか」
「はい、ありがとうございます」

二人で肩を並べて中庭に出た。

「緋山、寒くない?」
「大丈夫です。外の空気が気持ちいい」
「そうね。ずっと部屋の中にいたものね」

ベンチに座ると、絵美梨が手渡してくれたカップを両手で握りしめ、ゆっくりとカプチーノを味わった。

「はあ、美味しい」
「本当ね。温まるわ」

二人で庭の花を眺めながら、静かに言葉を交わす。

「なんだか別世界に来たみたいね。時間の流れが違う気がするわ」
「そうですね。穏やかで平和で……」
「おじいちゃんとおばあちゃんの気分ね」
「確かに」

ふふっと笑う絵美梨の横顔を、要はじっと見つめた。

「ん? なあに?」
「いえ。こんなに可愛いおばあちゃんはいないだろうと」
「ええ? ちょっと緋山、冗談も通じないの? 私、まだ24よ」
「いいえ、違います」
「なんですって!? あなた、このわたくしが本当におばあちゃんだと……」
「お嬢様は25歳です」

は?と、絵美梨はポカンとする。

「お嬢様、あなたは今日で25歳になられました。お誕生日おめでとうございます」

そう言うと要は、ジャケットの内側に隠していた小さな花束を差し出した。

「え、あの、ちょ、待って」

絵美梨は突然のことに呆然としている。

「すっかり忘れてた。私、今日誕生日だったのね」
「はい。申し訳ありません。私のせいでお嬢様が、こんなところで大切なお誕生日を迎えることになってしまい……」
「ううん。とっても嬉しい! お花、いただいてもいいかしら?」
「もちろんです。どうぞ」
「ありがとう」

受け取った花束に顔を寄せて、絵美梨は優しく微笑む。

「忘れられない誕生日になったわ。ありがとう、緋山」

そう言うと顔を上げて、にっこりと笑いかける絵美梨に、要は言葉もなくドキドキしながら頬を赤らめた。