第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

ティアナside
――だめ。

セナの体が、少しずつ冷たくなっていく。
抱き寄せた腕の中で、その重みが変わっていくのがわかる。

さっきまで確かにあった鼓動が、
弱く、遠く、まるで水の底へ沈むみたいに消えていく。

「……やだ」

喉が詰まり、声にならない。

血の匂いが濃い。
指の間から、まだ温かいはずの赤が滲んでいる。

こんなの、ずるい。

私だって、セナが好きだった。
初恋だった。

出会った頃のあなたは、無謀で、やんちゃで、
それでも逃げずに、理不尽から目を逸らさずちゃんと向き合ってた。

「騎士になる」

そう言って、未来を語る瞳がまぶしかった。

――約束、守るから。

何年も経ってから、本当に会いに来た。
その姿を見た瞬間、胸がいっぱいになった。

この先も、当たり前に一緒にいるはずだったのに。

「……諦めない」

声が震える。
それでも、指は離さなかった。

血に濡れた手が、冷たくなっていく。

何か、あるはず。
方法が――。

―― その時、ふと脳裏に言葉がよぎる。

――共鳴。

『「共鳴って、魂と魂が同調したとき、魔力は石を介さず循環し、肉体・精神・記憶にまで干渉する現象が起こる、って言ってましたよね?」』

『「そうだ。それを使いこなせれば……人や物に働きかける力があるんだ」』

『「その肉体にまで――ってことは、傷口とかの修復もできるってことですかね?」』

『「うーん……それはどうだろうな」
ディランの声が思い出される。
「症例はないから確実には言えない。だが、理屈の上ではできる可能性がある――ってことになる」』

(人と人の魔力を直接繋げることで、治癒する力――。)

伝承に過ぎず、成功例もない。

それでも、
――ここで何もしない方が、ずっと怖かった。

「……セナ。少しだけ、我慢して」

返事はない。

私は歯を食いしばり、目を閉じた。