第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「レイさん、少しだけ。お願いします」

お嬢様は両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、まるで宝物をねだる子どものように懇願していた。

レイは一瞬だけ私を見る。
“どうしましょう”という視線だ。

だが、お嬢様の真剣な眼差しに根負けしたのか、レイは小さく息を吐いた。

「……少しだけなら」

そう言って、肩にかけていたタオルをゆっくり外す。

「す、すごーーい!!」

お嬢様の目が一気に輝いた。
本当に、星が飛び出しそうなほどキラキラしている。

「え、えっと……」

レイは照れたように胸元を押さえるが、お嬢様はすでに興奮のピークだ。

「レイさん!普段どんな筋トレしてるんですか!? 腕立て?懸垂?何回くらい!? 毎日ですか!? 食事は!? タンパク質はどれくらい!?」

怒涛の質問が一気に飛ぶ。

レイは完全に押されている。

「え、ええと……腕立ては毎日で……」

「何回ですか!? 何セットですか!? どのフォームですか!? 背中はどう鍛えてるんですか!? その腹筋はどうやって割れたんですか!?!?」

「お嬢様、落ち着いてください!!」

私は慌ててお嬢様の肩を押さえる。

「落ち着いてるって!」

「落ち着いてたらそんなに目は血走ってませんよ」

レイは苦笑しながら、タオルを持ち直す。

「えっと……腕立ては、毎日100回を3セットで……」

「300回!? すごい!! それでこの大胸筋が……!」

「お嬢様、触らないでください!!」

私は慌ててお嬢様の手を止める。

「ちょっとだけ! ちょっとだけ触らせて!!」

「だめです!!」

「なんでぇぇぇ!!」

お嬢様の叫びが応接室に響き渡る。

レイは肩を震わせて笑いをこらえながら、ぽつりと呟いた。

「……殿下に知られたら、本当に怒られますね」

「ですよね……!」

私が同意した瞬間、お嬢様が勢いよく振り返る。

「内緒に決まってるでしょ!!」

その必死さに、レイも私も思わず吹き出した。