第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「ふざけるなよ!
黙って聞いてれば――」

酔っ払いが勢いよく立ち上がり、アリスに詰め寄ろうとした。

――あ、これダメなやつ。

そう思った瞬間には、
ルイと私は同時にガタンと椅子を蹴って立ち上がっていた。

「なんだよ、この!」

男が腕を振り上げる。

その腕を、ルイが寸分の迷いもなくキャッチ。

私はというと――
反射的に回し蹴り。

……が、寸止め。

男の鼻先で、ピタッ。

「……ひっ」

風圧だけで、完全に固まる酔っ払い。

「お嬢様には、指一本触れさせません」

「です!」

なぜか息ぴったりに声が揃う。

「な、ななん……」

情けない声を上げ、
男は後ずさった拍子にそのまま――

ドサッ。

見事な尻餅。

一瞬、店内が静まり返る。

「……お見事です、お嬢様」

アリスが口元を拭い、拍手でもしそうな調子で立ち上がる。

尻餅をついた男は目を見開き、
店員も客も、何が起きたのかわからずぽかんとしている。

私は男の前にしゃがみ込み、にっこり笑う。

「他のお客様のご迷惑です。
これ以上続けるなら――」

ちらりとルイを見る。

「ラピスラズリ伯爵家の騎士団を呼びますけど?」

「な、ななんだって!?」

「申し遅れました」

私は胸を張る。

「ティアナ・ラピスラズリです」

名前を聞いた瞬間。

「す、すみませんでした!!」

床にひれ伏す勢いで頭を下げる酔っ払い。

そして逃げようとした、その背中に――

「お代、まだですよ」

ぴたり。

男はびくっと止まり、
財布をひっくり返すように金を取り出す。

「つ、釣りはいらん!!」

そう叫び、
まるで追われているかのように店を飛び出していった。

残された店内には、
妙な沈黙。