第二部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

ユウリside

「ユウリ、だけ残れ」

その言葉に即座に応じると、
お嬢様は特に気にも留めた様子もなく、執務室を出ていった。
扉が閉まるのを見届けてから、
私は改めてアドルフ様と向き合った。

「ティアナのお見合いの件だが……どうだ?」

「候補者の方々とはお会いしましたが、
 今のところ気になる方はいらっしゃらないようです」

「そうか」

アドルフ様は小さく頷いた。

「まあ、そう急いでいるわけでもない」

一拍。

鋭い視線が、真っ直ぐこちらを射抜く。

「……ユウリ。お前はどうだ」

――試されている。

執事としてか。
それとも、“男”としてか。

「私、ですか?」

「ああ」

一瞬だけ、胸の奥がかすかに疼いた。

だが、それを表に出すことは許されない。
出してはならない。

「お嬢様は、私をそのようには見ておられません」

淡々と、事実を述べる。

「また私自身も……
お嬢様に、そのような感情を抱く資格はございません」

守るべき方に、欲を抱く資格はない。

それが、私自身に課した唯一の誓いだった。

言い切った声に、揺らぎはなかった。

アドルフ様は、しばし私を見つめ――
やがて、小さく息を吐いた。

「そうか。お前をティアナの執事にしてよかった」

「……有難いお言葉です」

胸の奥で、安堵とも違う静かな熱が灯る。

「……ティアナが、
だいぶ突っ込んでいるようだな」

隠すつもりはなかった。

取り繕うことに意味はないと、最初から分かっていた。

「はい」

短く、しかし迷いのない返答。

叱責はなかった。

アドルフ様はわずかに視線を落とし、低く告げる。

「ユウリ。ティアナを頼んだぞ」

たったそれだけ。

だが、それは命令ではなく――
覚悟を託す言葉だった。

「はい。承知しております」

深々と頭を下げる。