第二部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない


一瞬で、記憶が蘇る。

「……懐かしい」

声が、自然と柔らぐ。

「まだ、持っててくれてたんだ」

あれは出会って間もない頃。
幼くて無鉄砲で、それでも真っ直ぐに「騎士になりたい」と言った少年に渡したものだった。

「はい」

セナは、迷いなく頷く。

「俺にとっては――剣より大事な宝物です」

「それ、騎士として言っちゃだめじゃない?」

「……そうですね」

ふふ、と小さく笑い合う。
何気ないその時間が、ひどく愛おしかった。

「ティアナ」

久しぶりに名前を呼ばれ、思わず瞬きをする。

顔を上げると、セナは真っ直ぐにこちらを見つめていた。

「もう、昔の弱い俺ではありません」

静かで、揺るぎない声。

「俺は騎士です。
必ず、貴女の未来が明るいものであるよう――守り抜きます」

――本当に、ずるい。

やっと想いを断ち切ったはずなのに、
こんなふうに簡単に心を揺らがせる。

やんちゃで無鉄砲だった少年は、今や立派な騎士になっていた。
優しさも、誠実さも、何一つ変わらないまま。

だからこそ――
この気持ちは、悟られないようにすると決めた。
そして、きちんと胸の奥へ仕舞う。

「昔からセナはかっこいいよ。
でもね、守るんじゃなくて――一緒に立ち向かうの」

「……そうでしたね」

セナは柔らかく笑う。
私も、できるだけ自然に微笑み返した。

「でも、頼りにしてるよ。
私のナイト」

その言葉に、セナは一瞬だけ目を見開き――
やがて、穏やかな微笑みを浮かべた。

この先に待つのは、きっと過酷な運命。
それでも今だけは…

淡い青から、角度によって紫へと変わる――
夜と朝の境目を閉じ込めたような宝石、
優しい風が、2人の間を通り抜ける。

タンザナイトが、静かに揺れていた。