第二部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「……トワ」

名前を呼ぶと、彼は小さく首を傾げた。

「はい?」

「学校、楽しいこともたくさんあると思うけど……」

言葉を探す。

心配する理由なんて、本当は何もないはずなのに。

「無理はしすぎないで。
辛くなったら、ちゃんと頼りなさい」

トワは少し驚いたように目を瞬かせ、
それから、柔らかく笑った。

「ありがとうございます。お姉様」

その笑顔を見た瞬間――
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

私は衝動のまま、彼を抱きしめていた。

「……え?」

トワの声が小さく揺れる。

「すぐ帰ってくるって分かってるのにね」

そう言いながら、私は腕に少しだけ力を込めた。

「でも……寂しいの」

それは嘘じゃなかった。

彼は一瞬戸惑い、
それからそっと、私の背に手を回した。

「……はい。必ず戻ってきます」

静かな声。

不思議なほど落ち着いた温度。

その落ち着きが、なぜか胸に引っかかった。

私はゆっくりと腕を離す。

「約束よ」

「はい。約束です」

列車の扉が閉まる。

白い蒸気の向こうで、トワが手を振った。

「行ってきます!」

「いってらっしゃい!」

皆の声が重なり、列車は動き出す。

遠ざかる姿を見つめながら、
セナが小さく息を吐いた。

「……大きくなったな」

「ほんとにね」

テオも同意する。

私だけが、胸元をそっと押さえた。

(どうして……こんなに胸が騒ぐの)

答えは、もちろん出ない。

ただの別れ。
ただの旅立ち。

そう思いながらも――
夕焼けの中に消えていく列車を、いつまでも見送っていた。