第二部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「……それより、君の父は?」

殿下の視線が鋭くなる。
デホラ男爵の姿が、この場に見当たらない。

「お父様は……体調を崩しており、寝込んでおります」

「そうか……もういい。帰るとしよう」

殿下はそう言って静かに立ち上がった。

私も自然と後に続く。
雨はさらに強まり、馬車の周囲はぬかるんでいた。靴先がわずかに沈む。

――この雨の中、何が起こるかわからない。
それでも、今はただ殿下に従うしかなかった。

オーウェン団長が何事もないかのように隣へ並び、周囲へ視線を巡らせる。

「雨が強くなってきました。足元にお気をつけください」

そう言われ頭を下げる。

「ありがとうございます」

馬車へ戻る道すがら、私は自分の胸の内を静かに確かめていた。

ナタリーさんのこと。
母のこと。
ニーナの事件。

守るべきものも、わからないことも多すぎる。

それでも――逃げるわけにはいかない。

馬車に乗り込むと、殿下は前方を見据え、淡々と指示を出した。
私はそっと席につき、窓を打つ雨音に耳を澄ませながら、心を整える。

――この先に何が待っているのかは、まだわからない。
それでも、進むしかないのだ。