第二部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「その言葉を聞けて安心したよ」

何故か、殿下は機嫌が良さそうだ。
柔らかな微笑みが、馬車の中の空気を少し温める。

「そういう殿下は、お相手はいらっしゃらないのですか?」

第一王子。婚約者候補は何人もいると聞いている。
容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群――非の打ち所がない。
少々、性格に難があるかもしれないが。

「おや、気になるかい?」

色っぽく小首を傾げる。
その仕草に思わず視線が吸い寄せられる。

「いえ、全く」

「はは、釣れないなー」

目の前の殿下は、何を考えているのかまったく読めない。
穏やかに笑っているその奥で、きっと先の先まで見越しているのだろう。

殿下の結婚相手は、きっと国の繁栄や利益が最優先となる。
自分の気持ちを優先することは、難しいだろう。

それは――私にとっても同じことだ。

それでも。

もし将来を共にするのなら、
お互いに信頼できる相手であってほしい。


「殿下は…」

言いかけたところで、馬車がゆっくり停まる。

「ついたみたいだね。何か言ったかい?」

「いえ、行きましょう」

馬車を降りると、殿下がさっと手を差し伸べ、自然にエスコートしてくれる。
手の温もりが伝わり、少し胸がざわついた。
雨上がりの空気が、しっとりと落ち着いた香りを運ぶ。