第二部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

ポツポツポツポツザー――

嘘でしょ、このタイミングで雨!?
選択肢はなくなってしまった。

「殿下、よろしくお願いします」

「うん、喜んで」

慌ててピクニックシートと荷物をまとめ、すぐ近くにある殿下の別荘に駆け込む。
――近くて助かった。


「殿下、どちらにいらっしゃったのですか?
オーウェンが慌てて探していましたよ」

落ち着いた声が、廊下に静かに響いた。

振り返るとそこに立っていたのは――

眼鏡をかけ深い紫の髪をきちんと整え、
仕立ての良いチャコールグレーのスーツに身を包んだ青年だった。

余計な装飾はない。
だが、生地の上質さと立ち姿だけで、
只者ではないことがはっきりと伝わってくる。

「少しね、ピクニックをしていたところだよ。
それより、彼らにタオルを」

「おや、これは失礼いたしました」

そう言って、青年はわずかに目を細め近くの使用人に声をかける。
タオルを受け取る。ふわふわだ。
近かったおかげで、そこまで濡れずに済んだ。
タオルが行き渡ったのを確認してから口を開く。

「殿下の側近の、レイと申します」

深い紫の髪が、動きに合わせて静かに揺れる。

声は低く穏やかで、
耳に心地よい落ち着きを帯びている。

その場にいるだけで、
空気が自然と整えられていくような感覚。

「殿下がご無礼を働いておりませんでしたでしょうか」

そう言いながらも、視線を向ける先には、
長年の付き合いを思わせる微かな苦笑があった。

殿下がすぐさま口を挟む。

「余計なことを言うな、レイ」

「事実確認です」

淡々と返しつつ、
紫の瞳がほんの少しだけやわらぐ。

「何かありましたら、私にお申し付けください」

「殿下の予定調整から護衛、交渉まで――
すべて私の管轄ですので」

控えめな物言いながら、
その言葉には揺るぎない自信があった。さすが――
殿下が傍に置く人物だという印象を受ける。