第二部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない


屋敷の前に、ほんの数時間前に乗っていた馬車が止まった。

静かすぎるほど、音もなく。
まるで最初から、ここに来ることを織り込み済みだったかのように。

扉が開く。

先に降り立ったのは、ディランだった。

「……久しぶり、って言うほど時間は経ってないね。」

軽い口調。
別れた直後と変わらない笑み。
けれど、その目は――私の反応を一瞬も逃さない。

私は一歩も動かず、真正面から見据えた。

「迎えに来るの、早すぎるわ。」

「君が“本気”で呼んだ時は、遅れない主義なんだ。」

その言葉に、胸がわずかに締めつけられる。

背後で、ユウリが一歩前に出た。
自然な動きだが、完全に私を庇う位置。

ディランはそれに気づき、視線だけを向けた。

「……警戒されてるね。」

「当然です。」
ユウリの声は低く、隙がない。

「ナタリー様の件について、説明を。」

ディランは肩をすくめ、視線を私に戻した。

「ここで話す?」

一瞬、沈黙。

屋敷の門。
人目のある場所。
そして、逃げ場のない距離。

「……いいえ。」

私は答えた。

「あなたの馬車で聞くわ。」

ディランの口元が、わずかに歪む。

「覚悟はいいかい?」

「もうとっくにできてる」

数秒、互いに視線を外さない。
まるで、どちらが先に引くかを測るように。

やがてディランは、ゆっくりと道を譲った。

「どうぞ、お姫様。」

その言葉に、皮肉と……ほんのわずかな安堵が混じっていたのを、私は見逃さなかった。