第二部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「殿下なりの優しさだと、わかっています」

ティアナ様は微笑む。

「ただ……いつも、まどろっこしいんですよね」

その笑顔を見た瞬間、胸がわずかに揺れた。

この方は、殿下を拒絶してなどいない。
理解し、受け止め、なお隣に立とうとしている。

私はずっと思っていた。
彼女は、殿下に利用されることへの怒りを抱いているのではないかと。

だが、違った。

すべてを理解したうえで――
それでも共に戦うと、静かに覚悟しているのだ。

「……それを、殿下には?」

思わず尋ねていた。

知れば、殿下はきっと安堵し、喜ぶだろう。

だがティアナ様は、軽く首を横に振った。

「言いませんよ」

微笑みながら、あっさりと。

「私、殿下のこと……好きではないので」

その言葉とは裏腹に、
陽光に照らされた横顔はあまりにも柔らかく、美しかった。

彼女の胸元に、かすかな熱のようなものが揺れているのが分かる。
言葉では否定しても、
瞳の奥には、ほんの僅かな期待と好奇心が確かに宿っていた。

その矛盾が、胸を締めつける。

――殿下が、この方を手放すはずがない。

「……そうですか」


無邪気さと理知、優しさと強さ。
そのどれもが同居する複雑さを、殿下はきっと最初から見抜いていた。

ティアナ様は、少し頬を上気させて立ち上がる。

「では、そろそろ戻りましょうか」

歩き出す背中を見つめながら、私は無意識に息を呑んだ。
だが確かに――心を揺さぶられている何かがあった。