アースシールド♾️


 家に着くと、お手伝いさんが出迎えてくれて、すぐにお風呂に入った。
 その後、夕飯を食べ、夕食後はリビングで、試験結果を待つ。
 我が家のリビングは、広々としているがモノは極端に少ない。
 木のローテーブルとアイボリーの3人用のソファーが置かれているだけだ。
 ソファーの左端に座り、リラックスする。
 ばあやがあたたかい紅茶を持ってきてくれて、ローテーブルにカタンと置いた。

ーーピンポーン。

 家のチャイムが鳴る。
 来客だろうか。
 紅茶を手に取り、飲もうと口元に近づける。

「糸!」

 その声に驚いて一気に紅茶が口の中に入り「アチチッ」と舌を少し火傷する。

「月……落ち着いてくれ」

 声の主に低い声で返答する。

「結果はまだだけど、居ても立っても居られなくって……」

 子犬のようにシュンっとなる月。

「こっちに座るか?」

 ソファーの右隣をトントンっと叩く。
 月はぴゅーんと移動して、私の隣にピッタリ座った。
 まるで飼い主に懐いている子犬だな……。

「ばあや、過去の二次試験をおさらいしておこう」

「かしこまりました、お嬢様。資料を映し出しますね」

「月も一緒に確認しよう」

「おう! もちろんだ!」

 ばあやが私たちの目の前の広い壁に、プロジェクターの光を向けた。
 去年の試験内容が映し出される。
 月は資料を見つめ、私が話すかどうかを確認してから、最初は俺からかと理解したらしく、意気揚々と話し始めた。

「昨年は、試験場に放たれた6匹のネズミを捕まえたペアが三次試験へと進むというものだったな!」

 プロジェクターの映像を見ながら、記憶と内容を照らし合わせる。
 映し出された資料は、綺麗にまとまっていて見やすいな。

(対象:ネズミ6匹、勝利条件:ネズミの捕獲)

「制限時間は6時間だったな。体力的にも精神的にも削られるな」

「ネズミを捕まえたペアが勝利! なら、先にネズミを見つけて、捕まえれば勝ちだと思う受験者が多かったんだろうな。必死になって、ネズミを追いかけたペアが多数だったらしい」

「……戦略的な受験者が少なかったのか。ほかのペアにネズミを捕まえさせて、時間内に奪うことも考えられたのに」

(勝利条件:保持ではなく最終所有、奪取可能性:高)

「俺ならそうするな! 6時間もあんだから、早く捕まえたペアはネズミを守り抜かなきゃならないだろ? こっちの方が精神削られるぜ」

 隣の月が身振り手振り説明して、どんどん近づいてくる。
 顔面を手で押して「近い」と、距離を取り、ひと呼吸おいてから続けた。

「はたまた、ネズミ6匹をひと組が捕まえてしまってもいい。そうすれば、三次試験に進めるのはそのペアだけだからな」

「昨年、円は、『6匹捕まえちゃおう!』ってペアに言って、5匹捕まえたらしいぞ」

「円らしい。受験者泣かせだな」

 切り替わった映像に目を向けながら呟いた。
 同期が少ないとボヤいていたけど、責任は円にある。
 二次試験で大多数の受験者を落としたのは円本人なのだ。
 同意したペアも相当おかしいが。

ーーピンコン。

 腕につけている端末が鳴って表示を見た。
 月の端末も同時になり、月は一瞬私を見て、その後自分の端末を確認した。

【試験結果のお知らせ】

 なんの躊躇いもなく、表示をタップする。
 天城糸様と始まった文章の中央に「合格」の二文字を見つけた。

「月」

 声をかけるとニカっと月が笑う。
 一次は無事に通ったのだな。

「おう! 言わなくてもわかってる。俺は家に帰って、一応親に報告してくるよ」

 月は立ち上がると、くるっと背中を向けた。
 頼もしい背中だなと思いながら「おめでとう、月」と声をかける。

「ありがとな! 糸も!」

 笑顔のまま手を大きく振り、月は家に帰って行った。
 月を見送ってから「ばあや、お祖父様のところへ行ってくる」と廊下に向かう。

「承知いたしました」

 背後から聞こえたばあやの声は少し浮き足立っているようだった。
 向かったのは祖父の部屋。

ーーコンコンコン。

 ドアを3回ノックすると「入りなさい」と部屋の中から声が聞こえた。
 「失礼します」とドアの外で言ってから入室する。

「ああ、糸か」

 一品ものの、ウッドで揃った机や本棚、椅子など高級感のある茶色で統一された室内。
 机の向こう側に立つ、大きな体で威厳ある風貌のお祖父様。
 チャームポイントの白くて長い髭をゆっくり撫でている。
 お祖父様は、アースシールド♾️の創設に関わった重要な人物だ。
 去年、組織の第一線から退いたものの、アースシールド♾️を敵視する勢力「十二凶」という組織の活動が盛んになっていることから、毎日その組織の対応に追われていた。

「午前中は外出していたと聞きました。十二凶絡みですか?」

 机の前で気をつけをし、声をかける。
 十二凶は、"地球を乗っ取り、地球人を管理することで地球を守る"という考え方を持っていて、アースシールド♾️のような生半可なものでは、地球は救えないと意志を示している。
それ以外は全くもって情報がなく、お祖父様も手を焼いていた。

「ああ。十二凶の人間は、十二支の動物をコードネームとして使っていることがわかった。それ以外は引き続きわからん。少なくとも12名いるんだろうな」

「そうですか」
 
 地球を乗っ取ろうなんて、おかしなやつらだ。
 地球人を管理する必要など、どこにある。
 何となく目線が自分の足元に向く。

「糸?」

 考え事をしてしまった!と我に返り、再びお祖父様を見た。

「失礼いたしました。今日は、試験だったのでご報告です。一次、無事に合格しました。明日は二次に行ってきます」

「ちょうど私のところにも、試験の報告が届いた。…一次は一位通過だな。糸は真面目だな。二次は苦労するかもしれないぞ」

 意地悪な笑みを浮かべながら、お祖父様が窓の外を見ている。
 二次試験に苦労する…?

「…どうしてですか」

 すると、お祖父様はこちらを向き直して、引き続き笑みを浮かべていた。

「二次試験はツーマンセルだろう」

「はい。過去の試験内容は全て頭に入っています」

「これは頭に入っていなかったかな。一次試験の一位通過は、最下位で通過したものとペアになるんだ。そうじゃないとバランスが取れないだろ」

 なんだ、そういうことかと胸を撫で下ろす。
 最下位の人とうまくやれるか、もちろん不安がないわけではないが。

「ハンデがあってもなくても、必ず合格します」

 お祖父様は、目を見開いて私の顔を凝視した後、はっはっは!と大声で笑った。

「お前はまっすぐに育ったな。恭は、ツーマンセルで弱いやつと組みたくないから、わざと一次試験の点数を抑えていたというのに……あいつはそういう頭が働くんだ」

 お祖父様との会話には、いつだって父がいる。
 お祖父様は、我が息子がかわいくて仕方なかったのだろう。
 まるで私のことは見えていないかのように。

「……お父様とお母様に喜んでもらうためにも、今年、必ず隊員になります」

 お祖父様の期待する返事は心得ている。
 深く長めのお辞儀をして、部屋のドアに手をかけた。

「糸は雅に似たんだろうな」

 お祖父様の独り言がかすかに聞こえたが、もう振り返らずドアを閉めた。

ーーバタン。