「おかえり〜!」
すっかり暗くなった森を出ると、神先生が森の出入り口で出迎えてくれた。
私が龍と契約した後、狼の住むエリアに移動して、月が狼と契約した。
黒羽家一族はみんな狼と契約しているから、すんなりことは進んだが……。
「うんうん、ふたりとも契約生物と相性がよさそうだね。ん? 月? どうかしたか?」
神先生が月の様子を見て質問する。
月は、私が龍と契約した後から上の空だ。
自身が契約する儀式のときも、心ここに在らずだった。
「……なんもねえよ」
「そっかそっか〜。じゃあ、今日はここで解散にしよう。明日は朝8時から本格的な訓練だからよろしくね〜! ゆっくり休んでね」
神先生に手を振り、月とふたりで寮へと向かう。
少し歩いたところで、月が立ち止まり、ボソッと呟く。
「……糸。何で…」
意志を尊重してほしいと伝えたが、月の中では消化できていない様子だな。
ガクンと肩を落としている。
月には何度も言おうとした。
でも反対されることがわかっていて、どうしても言えなかった。
「……月。話さなかったことは悪かった。でも、私にはこの方法しか、思い浮かばなかったんだ」
「俺がどんな思いで、今まで糸と過ごしてきたか! 糸は全然わかってない! ふたりで考えて、違った答えを導けたかもしれないだろ!」
「……ふたりでこの地球を守っていく約束に変わりはない。それに、龍との契約はお祖父様も承知の上だ」
「あ!? あのじじい! 何承諾してんだよ! クソ野郎!」
「どうしても言えなかったんだ。月は私にとって特別だから……すまない」
「……」
それ以上、月は何も言わなかった。
無言で歩き出した月に、小走りでついていく。
足が重い。
こんな雰囲気になったのは初めてだった。
°。°。☆°。°。☆°。°。°。°。☆°。°。☆°。°。
寮の前に着いて、月が足を止める。
「……月?」
その悲しそうな背中を見ると、胸が痛む。
もっと早く伝えておけばよかっただろうか。
そしたら、苦しまなかっただろうか。
だが、もう過ぎたことだ。
私は月のためにも、父と母のためにも意志を強く持ち続けなければならない。
「……糸。俺……」
振り向いた月が私の目をまっすぐ見つめる。
真剣で吸い込まれるような眼差しだ。
「……どうした? 月……」
「俺……ずっと……」
「……ずっと?」
沈黙が流れる。
どうしたのだろう、いつもの月らしくない。
「月? どうした?」
「……俺は……俺はずっと前から……その……糸のことが、好きなんだ! 10年後にお前を失うなんて耐えられない。俺はお前の隣をずっと歩いていたいんだ!」
月が私のことを幼馴染として大切に思ってくれていることは知っている。
「ありがとう。私も月のことが好きだぞ」
「糸の好きとは違う好きだ! あー! 糸と付き合いたいとか、結婚したいとか、そういう意味の好きなんだよ!」
え……?
月は幼馴染として、私のことが好きなんじゃないのか?
初めての告白に、どう反応していいかわからない。
「……そ、そうだったのか」
「気づかなかっただろ。まあ、糸はこういうのにだけは鈍いからな! 俺は子どもの頃からずっと糸しか見てないし、糸だけに好きになってもらいたくて生きてきたんだ。なのに……10年後に死ぬとか、ふざけんなよ!」
ーータッタッタッタッ。
「……月。私は……」
顔を真っ赤にした月は、足早に寮の中へと行ってしまった。
龍との契約のことだけじゃなく、また新たな壁が私と月の間に立ちはだかる。
私はどうすべきだったんだろうか。
それに付き合いたいとか、結婚したいとか……そんな風に月のことを見たことがなかった。
明日から訓練が始まるというのに、考えることがありすぎる。
「糸?」
その場で思い悩んでいると、低く優しい声が聞こえた。
そこには、心配そうな顔をした永久さんが立っていた。
°。°。☆°。°。☆°。°。°。°。☆°。°。☆°。°。
「……お疲れさまです」
「こんなところでどうした?」
「……いえ、ちょっと考え事を。永久さんたちは森へ行きましたか?」
ココちゃんがいないから、契約の帰りではないのだろうか。
「糸たちも森へ行ったのか。俺たちもだ。俺は先生と話していて、紫村は先に帰ったからもう部屋にいると思うぞ」
そうか。
ココちゃんはもう帰っているのだな。
「……永久さんは何と契約を?」
「白カラスだ」
「白カラス? そんな鳥、聞いたことがありません。文献でも読んだことがない…」
「俺もよくわからないんだが、森に入った瞬間、白いカラスに囲まれたんだ」
なるほど。
白カラスに求められたということか。
(契約は常に人が求めるものにあらず。稀に、生物側より特定の人物を指名し、契りを迫る例が報告されている。この現象は“逆選定”と呼称される。指名は一度きりである場合が多い……云々)
契約録・第三章「選ばれる者」で読んだことがあったな。
「永久さんらしくて、素敵です」
「す、素敵とか、やめろよ」
真っ赤な顔で視線を逸らす永久さん。
永久さんだからこその逆選定だと思ったのだが。
「すみません」
「いや、別に、その、嫌とかではない。褒められ慣れてないんだ。そ、そうだ。明日の訓練前、時間ないか?」
嫌ではないのか。
永久さんはたまに反対のことを言うからな。
「はい。明日の早朝ですよね、大丈夫です」
「頼みがある。一緒に鶴先生と神先生のところに行きたい」
「先生のところですか……? わかりました。用件は?」
何だろうか。
先生との用事に私についてきてほしいとは、よっぽどのことだろう。
「ペア変更の提言だ」


